2019年5月11日土曜日


牧師の日記から(213)「最近読んだ本紹介」

原武史『平成の終焉 退位と天皇・皇后』(岩波新書)著者は、現代天皇制についての批判的観測者とも言うべき政治思想史研究者。この新書は、平成天皇の生前退位について分析し、その問題点を整理してくれている。生前退位についてのテレビ放送について、それが政治行為であることの問題だけでなく、それによって民意が一変したことの危うさを指摘していて考えさせられた。つまり昭和天皇の「終戦の詔勅」のラジオ放送と同じだというのだ。また平成天皇夫妻が海外の激戦地への慰霊の旅を続けて来たことを評価しながらも、侵略の最前線への訪問はしていない事実も指摘している。さらに「天皇が神とされた時代とあまり変わらない警備や規制がしかれている」事実についても問題としている。平成の時代の天皇制の問題点を鋭く指摘していて学ばされた。

半藤一利『戦う石橋湛山』(ちくま文庫)戦前、東アジアへの侵略を続けて「大日本主義」を推進したこの国にあって、「小日本主義」を唱えて、植民地の放棄を主張した希有な経済ジャーナリスト石橋湛山を基軸に据えて、昭和史を検証している。熱心な仏教徒であった湛山が、その論説「一切を捨つるの覚悟」(大正107月)の中で、「朝鮮・台湾・満州を捨てる、支那から手を引く、樺太もシベリアも要らない、そんなことでどうして日本は生きていけるか、と。キリスト曰く、何を喰い、何を飲み、何を着んとて思い煩うなかれ、汝ら先ず神の国とその義とを求めよ、しからばこれらのものは皆、汝らに加えらるべし」と、聖書を引用しているところが興味深い。ただ、このように激越な論説を繰り返していた湛山が、一度も逮捕されず、社長を務めた東洋経済新報社が最後まで社論を変えずに存続出来たこと、さらに昭和10年内閣調査局委員、昭和11年商工省重要産業統制委員、昭和13年企画院企画委員などの政府の要職に任命され、それは戦時下も継続され、さらに昭和20年の敗戦直前に至るまで内閣や大蔵省などの様々な役職を担っているのが不思議といえば不思議。このあたりに、戦後も自由民主党の総裁として短期間ではあったが首相を務めた理由があるのだろうか。

嵐護『正直に生きた牧者柏木義円に魅せられて』(自費出版)橋本茂さんから、同郷の高知出身で、東北大学の後輩、同じく宮田光雄聖書研究会出身の嵐護牧師のこの本を教えられ、すぐに著者から送って頂いて読んだ。嵐牧師は高知県庁の職員を定年退職した後、同志社神学部大学院に学んで牧師になった人で、私も何かの会議でご一緒したことがある。柏木義円を取り上げた修士論文が骨子になっているが、牧者である義円に注目したところに共感した。義円は日露戦争に反対し、天皇の神格化に疑問を呈し、組合教会の朝鮮伝道に激しく反対した反骨の牧師だが、何より安中教会の牧師を38年に渡って続けたことにこそ真骨頂があると私は考えている。その意味で嵐牧師のこの本も牧会者・義円を強調している点に共感した。

(戒能信生)

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