2019年7月6日土曜日


牧師の日記から(221)「最近読んだ本の紹介」

バート・D・アーマン『書き換えられた聖書』(ちくま学芸文庫)聖書の本文研究という分野がある。数多くの写本を照合し、最もオリジナルと思われるテキストを推定する学問である。写本の異読の研究は、きわめて細かい地味な研究分野で、その概説書も決して読みやすくはない。それを素人にでも理解できるように、分かりやすく紹介したのが本書の価値だろう。写本がそれぞれの時代の神学議論(と言うよりも異端排除)によって改竄されている実例を具体的に例示してくれる。また女性の位置を貶めるために書き換えられたテキストの例も改めて教えられた。著者は、もともとは逐語霊感説の立場に立つ福音派の信仰者だったのだが、本文研究を学ぶにつれて、その原理主義的信仰理解から解放されたのだという。

山本聡美『闇の日本美術』(ちくま新書)教会員の高岸泰子さんから頂いた。実は高岸さんの息子・高岸輝さんは、中世美術史の研究者で東京大学の准教授なのだが、その夫人・山本聡美さんも同じ分野の研究者で、この新書の著者。中世の仏教絵画や絵巻物に、地獄や鬼、病や死などがどのように描かれているか、実例を示しながら分かりやすく解説してくれる。網野善彦の『異形の王権』で「一遍上人聖絵」を取り上げて、ハンセン病者がどのように描かれているかを読み解いていて教えられたが、中世の闇と仏教思想との関係を改めて考えさせられた。中でも後白河法皇がいくつもの絵巻をプロデュースした事実を初めて知った。

いしいひさいち『問題外論』117巻(プレイガイド・ジャーナル社)この間体調が悪く、横になっていることが多かった。難しい厄介な本は読めないので、羊子に頼んでいしいひさいちの四コマ漫画を大量に出してもらって耽読した。以前にもこの欄で紹介したが、四コマ漫画は、一篇ずつ独立して物語性がないので、睡眠導入剤として最適なのだ。現在では朝日新聞朝刊の「ののちゃん」の一見人畜無害の漫画で知られるが、この作者はかつては風刺の効いた毒のある政治漫画を多作していた。その1980年代から90年代にかけての作品を読み直して、改めてこの間の政治と世相の移り変わりを考えさせられた。55年体制の崩壊によって、自民党の単独政権が崩壊し、選挙制度の変更を経て、民主党の政権奪取、そしてその失政により再び自民・公明連立政権が成立し、しかも安倍政権が圧倒的に支持される現在への政局の変遷をどう理解することができるのか。この国には稀な風刺漫画を通してつくづく考えさせられた。

ジェームス・М・バーダマン・里中哲彦『はじめてのアメリカ音楽史』(ちくま新書)ゴスペルから、ブルース、ジャズ、ソウル・ミュージック、ファンク、カントリー・フォーク、そしてロックンロールへと、アメリカ音楽の通史を分かりやすく紹介してくれる対談集。その過程で教会音楽が深い影響を与えている事実があるという。例を挙げればロカビリーの旗手エルヴィス・プレスリーの音楽的ルーツは教会のクワイアにあったそうだ。そのことを教会員の新木裕さんから教えられ、萩原好子さんから借りたCDで確かめることができた。(戒能信生)

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