2019年10月12日土曜日


牧師の日記から(235

106日(日)主日礼拝。使徒言行録919-31の講解説教「伝道者サウロの誕生」。キリスト教会に対する迫害者であったサウロが、ダマスコ途上の回心を機に、直ちにイエス・キリストの福音の宣教者として立ち上がる。それは一見奇異に思えるかもしれない。しかし、明治の初期、横浜の宣教師バラの英語塾に入った14歳の少年植村正久は、使徒行伝の聖書講解を聞き、その夜から神に祈る者となったという。そして一週間後には、以前通っていた川村塾の学友たちに伝道を始めている。その結果は惨憺たるもので、散々冷笑されたそうだ。「理屈も何もあったものではない。キリスト教や聖書についての知識がなくても、自分が出会ったイエス・キリストの福音を、そのまま人に伝える、伝えないではいられなかったのだ」と植村は書いている。こうして、福音の宣教は始まったのだ。

7日(月)一日書斎で仕事。来週の日曜日午後の信濃町教会修養会での講演の準備。夜は、目白の日本聖書神学校の授業。往復に初めて曙橋から練馬車庫行きのバスを利用する。30分ほどで座って行ける。しかも結構本数もある。これだと新宿駅の雑踏の中を乗り換えないで直通で行けるので大変便利。

8日(火)来年3月の第11回神学生交流プログラムの準備。各神学校への神学生推薦依頼書、献金依頼などを作成する。夜は、早稲田教会での山口里子ゼミに出席。マルコ福音書5章の「種蒔きの譬」を、新たな視点で読み直す。マルコが編集した後の教会の解釈より、種が芽を出し、何十倍の実りをもたらすという農民の生活に密着した本来のイエスの譬え話の豊かさにこそ注目すべきだ。

9日(水)午前中、聖書を学び祈る会。列王記6章以下のソロモンの神殿建築を取り上げる。この箇所にしか出てこない建築用語等の解釈が難解だが、神殿はかなり豪華なものだった。当時の先進地であったフェニキアから導入した青銅器技術で様々な祭具や備品が備えられる。午後、修養会の講演のレジュメを作成し、自転車で信濃町教会まで届ける。台風の影響が懸念されるのだが・・・・・・。

10日(木)来週のNHKラジオ「宗教の時間」の台本に手を入れる。昼前にキリスト教会館に行き、定期刊行物の発送の準備。しかし肝心の機関誌が届かない。午後2時から連続講座「キリスト教史を読む」の今期5回目で、北森嘉蔵を取り上げる。『神の痛みの神学』で知られる北森先生の生涯を紹介する。かなり難しい内容だったが、40名あまりに受講者は熱心に聞いてくれた。その後で、鈴木健次さんと来週のNHKラジオ収録の打ち合わせ。夕方帰宅して、夜は信濃町教会で行われた大嘗祭問題の学習会に出席。宗教学者の島薗進さんの講演を聞く。

11日(金)午前中NCAの事務所に行って、昨日の発送作業の続き。帰宅すると、日曜日の信濃町教会の修養会は台風の影響で順延との連絡が入る。それ以外にも、台風でいくつかの予定が変更の連絡が来る。被害が大きくなければいいのだが。

12日(土)台風19号の接近で昼過ぎから雨が激しくなる。明日の礼拝の司式者や奏楽者に、決して無理をしないようにメールをする。(戒能信生)

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