2019年12月21日土曜日


牧師の日記から(245)「最近読んだ本の紹介」

川添愛『聖者のかけら』(新潮社)13世紀の半ば、新興の托鉢修道会フランシスコ会とドミニコ会の競合を背景に、アッシジの聖フランシスコの遺体の行方をめぐる歴史ミステリー。ウンベルト・エーコの傑作『薔薇の名前』以降、中世カトリック教会や修道院を舞台としたミステリーが盛んに書かれるようになった。しかし当時の修道院同士の葛藤や教理論争についての理解が不十分で、リアリティーを持たないものが多い。その点で、本書は清貧を重んじたフランシスコと、その没後のフランシスコ会の興隆との矛盾、さらには当時の聖遺物信仰などを巧みに織り込んだ見事なミステリーになっていて、興味深く読まされた。

永田圭介『あまつましみづ 異能の改革者永井えい子の生涯』(教文館)。我が国で最も親しまれている讃美歌の一つ「あまつましみず」(21-404)を作詞した永井えい子の評伝。彼女が女性記者の草分けとして、足尾鉱毒事件のルポルタージュを『毎日新聞』に連載したことや、その後アメリカに渡り結婚、実業の世界で活躍したことなど、本書で初めて知ることが多い。明治期に渡米して、帰って来なかった日本人クリスチャンのことはほとんど知られていない。

原武史『「松本清張」で読む昭和史』(NHK出版新書)この著者の天皇制についての著作にはほぼ目を通しているが、著者の趣味である鉄道と天皇制を軸にして、松本清張が描いた昭和を縦横に論じていて面白かった。特に清張の遺作『神々の乱心』が取り上げた宮中におけるシャーマニズムの名残りについて、象徴天皇制の中に潜む宮中祭祀の危険性として指摘している。

礫川全次『日本人は本当に無宗教なのか』(平凡社新書)著者は在野の歴史研究者で、明治政府の宗教政策がこの国独特の宗教意識(国民の大多数が自らを無宗教と自認する)の骨格を形成したとしている。いわゆる宗教学の専門家でないこともあって、これまで取り上げられてこなかった資料や歴史的事象をいくつも紹介していて、大変勉強になった。例えば、内村鑑三の不敬事件を批判した帝国大学教授井上哲次郎が、晩年に神権天皇制に対する筆禍事件を引き起こしてすべての公職を追われた事情を丹念に掘り起こしていて参考になった。

森本あんり『キリスト教でたどるアメリカ史』(角川ソフィア文庫)『反知性主義』に先立って書かれているが、文庫化されたのを機に読み直してみた。この国のアメリカ研究の多くは、キリスト教抜きの視点からなされる場合が多い。しかし近代国家でアメリカ合衆国ほど宗教的な国はないと言える。その背景を、ふんだんに資料を用いて説得的に説明してくれる。例えばリンカーンの第二次大統領就任演説に散りばめられた聖句を見てもそれが分かる。激しい内戦によって膨大な犠牲を出した南北戦争を神の怒りの鞭と受け止め、「今なお『主の裁きは真実にしてことごとく正しい』(詩編199)と言わなければなりません」と言明しているのだ。(戒能信生)

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