2020年1月19日日曜日


牧師の日記から(250)「最近読んだ本の紹介」

佐々木実『資本主義と戦った男 宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)正月休みを利用して、経済学者宇沢弘文の評伝を読んだ。600頁を超える大著で、ケインズ以降の近代経済学の進展を解説しながら、スタンフォードやシカゴ大学における理論経済学の分野での宇沢の驚異的な活躍と業績を紹介してくれる。さらに1968年に帰国して東京大学に戻ってからは水俣病の公害問題や三里塚問題等 に積極的に関わり、理論経済学の分野での空白の10年の謎にも迫っている。

そもそも私は近代経済学については全く無知で、本書でこの学問領域の栄枯盛衰を初めて覗き見たと言ってよい。アメリカを中心としたポール・サミュエルソンたちに代表される新古典派経済学の興隆、1970年代にそれを批判して登場したミルトン・フリードマンたちのマネタリズム、つまり市場経済至上主義、そしてその帰結としてのリーマン・ショックを経て、現在の世界の経済の混迷に至る流れを改めて振り返ることができた。複雑な高等数学を用いての分析の理論までは十分理解できないが、市場経済至上主義が世界の富の偏在と貧富の格差を拡大させている現実を見せつけられる想いがした。宇沢弘文はもともとは数学者だったが、途中で経済学に転じ、特に高等数学を用いた理論経済学者として頭角を現わし、先端的な研究論文1本がケネス・アローに見出されてスタンフォードに招かれる。以降、ノーベル賞級の業績を矢継ぎ早に発表して注目される。しかしその絶頂期に帰国して以降は、専門とする理論経済学の論文をほとんど書かず、公害問題や三里塚問題などの資本主義会の矛盾に立ち向かうようになる。やがてその経験は社会的共通資本の理論化へと向かい、それが十分に展開されないまま死去したことになる。その意味で「資本主義と戦った男」というわけだ。

宇沢弘文さんの文化勲章受章が発表された日に、たまたま隅谷三喜男先生の事務所に行く用事があった。その際、宇沢さんの文化勲章には隅谷先生が関わっているのではないかと伺ってみた。隅谷先生はその当時、学士院の第一部長であったので、隅谷先生が推薦したのだろうと推測したからだ。加えて隅谷先生は叙勲の類を一切受けていないことから、成田円卓会議の協同者として隅谷先生を支えた宇沢さんを推薦したのではという推測もあった。先生はそれを否定はされなかった。後に岩波書店から『隅谷三喜男著作集』刊行計画が起こった際、隅谷先生から一人はキリスト教が分かる人が必要と言われて編集委員に加えられた。後の三人はいずれも経済学の研究者で、隅谷先生の弟子筋に当たる。約1年にわたって編集会議などでたびたび一緒に作業をした。その中で東大経済学部の内情を漏れ聞くこともあったが、専門が異なるせいか宇沢さんの話題は出なかった。

加藤典洋『天皇崩御の図像学』(平凡社ライブラリー)30年前の昭和天皇の死去の前後に書かれた天皇制に関わる評論集。以前に目を通しているが、今回の天皇の代替わりとの比較を探るために読み直してみた。中でも中野重治の戦時下の転向問題を取り上げた文章が心に染みた。(戒能信生)

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