2020年1月11日土曜日


牧師の日記から(249)「最近読んだ本の紹介」

保阪正康『大本営発表という虚構』(ちくま文庫)戦時下の「大本営発表」が戦局の推移に伴ってどのように変容していったかを詳細に分析している。それは「軍広報」の本質を突くだけでなく、軍隊もまた官僚組織として、縄張り争いと忖度を重ね、腐敗していった実態を示している。しかもそれに新聞各社が追随した。恐ろしいのは、その嘘と虚構に気がついても(戦争末期になると、一般国民もその嘘に気づき始める)、それを口にすることができなかったという事実。816日の新聞の一面には「戦争終結への聖断大詔渙発す」という見出しで「終戦の詔勅」が掲載されているのに、二面には「空母巡艦を大破す/鹿島灘東方/荒鷲機動部隊攻撃」という大本営発表が掲げられているという実態を初めて知った。

竹下節子『女のキリスト教史 もう一つのフェミニズムの系譜』(ちくま新書)これまで主に英米のフェミニズム思想が紹介されてきたが、フランスを中心としたもう一つのフェミニズムの系譜を紹介してくれる。著者はパリ在住の比較文化研究者で、このところカトリック関連の啓蒙書を何冊も書いている。聖母や聖女、あるいは魔女、さらに女子修道会といったカトリック特有の女性観の意味の重さについて改めて考えさせられた。

加藤典洋『大きな字で書くこと』(岩波書店)『敗戦後論』など、戦後思想の鋭角的な批判者だった著者が昨年急逝した。私とほぼ同世代で、この人の書くものはほとんど目を通してきたはずだ。この2年ほど、岩波のPR誌『図書』に連載していた自伝的エッセーを小さな書物にまとめたもの。中でも、著者の父上・加藤光男が戦時下、山形警察の特高として独立学園の鈴木弼美を逮捕した当人だったことに触れた部分は驚きをもって読まされた。例えば『特高月報』に戦時下の矢内原忠雄の各地での講演内容が記録されているが、聖書やキリスト教について相当な知識と理解をもっていなければ書けない内容が少なくない。これら特高たちの戦後の歩みはどうだったのかを考えさせられた。

鈴江英一『札幌キリスト教史』(一麦出版社)年末に著者から恵贈されて一読。先行して出版された『札幌キリスト教史の研究』の各論を下敷きに、通史としてまとめられた。鈴江さんはアーカイブ学の専門家で、札幌元町教会の篤実な信徒。宣教研究所での教団史資料編纂の際にもいろいろアドバイスを頂いている。詳細な年表や文献表、そして事項索引まで完備していて、感服するばかり。
マイケル・コナリー『決別』(講談社文庫)刑事ボッシュ・シリーズの新作が出たので、久しぶりに耽読した。これまで愛読して来たサスペンスや警察小説の書き手が次々に亡くなっていくので寂しい限りだが、このシリーズはまだ続くようで嬉しい。ロートルの刑事が、警察を退職して私立探偵をしながら、小さな警察署のパートタイムの予備警察官をするという設定で、連続レイプ犯の捜査のかたわら、大富豪の遺児を探し当てる相変わらずのこだわり刑事ボッシュの活躍を、年末の空き時間に楽しんだ。(戒能信生)

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