2020年1月25日土曜日


牧師の日記から(251)「最近読んだ本の紹介」

立花隆『知の旅は終らない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと』(文春新書)立花隆の自伝で、彼自身の主著の解題にもなっている。これまでもこの人の書いたものの過半を読んできて、いつも啓発されると同時にある種の共感を抱いてきた。本人はキリスト者ではないが、ご両親は無教会の信徒。その影響が様々なところに現れている。亡くなった鶴見俊輔さんの言葉として伝えられているが、「この国のプロテスタント・キリスト教は、自分の子どもたちをクリスチャンにすることはできなかったが、息子や娘をプロテスタントに育てた。立花隆や上野千鶴子がそうであるように。」これは皮肉でもあり、一種の評価でもあるのだろうか。

立花隆『エーゲ 永遠回帰の海』(ちくま文庫)偶々、羊子が買って来てくれて、立花隆の本を続けて読むことになった。ギリシアのアトス山の修道院群を訪ねた旅や、エーゲ海周辺のギリシア遺跡を回った記録を、須田慎太郎の撮影した写真と共に楽しむことができる。立花は、週刊文春の記者を数年した後、東大の西洋古典学科に再入学して哲学を学んでいる。しかもプラトンやアリストテレス以前のイオニア学派の哲学に入れ込んでいて、その点が興味深い。またこの書には使徒言行録におけるパウロの足跡やヨハネ黙示録の背景も紹介されている。使徒言行録の講解のためにも、数々の遺跡の写真と共に参考になる。

田中均『見えない戦争』(中公新書ラクレ)外務省の幹部として、小泉政権時代に北朝鮮との外交を取り仕切り、拉致された人たちを取り戻すことに尽力した著者の外交論。現在の国際情勢の分析と、その中での安倍政権の外交政策が批判的に取り上げられている。この人は、かつて北朝鮮寄りとして右翼から激しいバッシングを受けた。しかし外交はどちらかが完勝することはあり得ず、外交官としては相手の主張にも理解を示し、懐に入って交渉を尽くさねばならなはずだ。ところが、安倍総理がツイッターで「田中には外交を語る資格がない」と呟いたという。それ以降ある種の忖度が始まり、いくつかのテレビ局に呼ばれなくなったという。これでは外交が成り立つはずもない。

マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー 上下』(創元SF文庫)題名は「殺人ロボットの日記」の意味。SF関係のヒューゴ賞・ネピュラ賞などを軒並み受賞した作品。AIの究極である警備ロボットは、殺人も許されている。しかし統制ユニットを遮断し、自己判断が出来るようになると、逆に人間的になるという皮肉が、ロボットの視点から描かれている出色のSFになっている。

夏目漱石・近藤ようこ『夢十夜』(講談社現代文庫)「こんな夢を見た」に始まる漱石のファンタジーを、近藤ようこが漫画にしてくれた。若い頃、『夢十夜』を読んだときは、漱石がこんなものを書くんだという印象しか残っていないが、それを漫画にすると不思議な雰囲気が生まれる。つまり日本の伝統的な価値観と近代文学の創始者としての漱石の相克が描かれていることに気づく。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿