2020年6月27日土曜日


牧師の日記から(272)「最近読んだ本の紹介」
シッダールタ・ムカジー『がん 1400年の歴史 上下』(早川書房)癌とその治療の歴史を総覧する大作。2010年のピュリッツアー賞を初めノンフィクション関連のあらゆる賞を総なめにした話題の書で、著者はインド系アメリカ人の腫瘍専門医。文庫本の上下巻でも900頁を越え、読み通すのには骨が折れる。しかしこちらは昨年前立腺癌の手術を受けたばかりなので、癌とその治療については関心がある。毎晩寝室で呻吟しながら(?)読了した(この読み方は、精神医学的にはあまり勧められない!)。既に古代エジプトの時代からこの病気は知られており、「治療法はない」と断定されていたという。近代医学になって、手術法の開発、抗癌剤治療(その副作用との戦いが凄まじい!)、放射線治療と、次から次への癌との闘いの歴史が紹介される。さらに最近の分子生物学の進展によって、遺伝子の変異による異常増殖という癌の発生メカニズムが解明される。すると治療だけでなく、その予防が必要とされ、発がん物質、特に喫煙との関連が指摘される。これに対しタバコ業界から猛烈な反対キャンペーンが行われ、政治問題化していく。患者、医師、研究者、病院と研究機関、さらに製薬会社を含めて、癌治療とその周辺事情とその問題を総ざらいしてくれる。「病気の帝王」とされる癌に対して先端医学が果敢に挑戦するが、やがて正常細胞に内在する発癌遺伝子の活性化によって癌は誘発されることが判明する。しかしなお挑戦は続く。
立花隆『思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた 上下』(ちくま文庫)学生時代のヨーロッパ反核無銭旅行に始まり、多忙な執筆活動の合間を縫って世界中を放浪してきた著者の旅の記録。部分的に読んだものもあったが、こう並べてみると壮観。旅は、自分自身を徹底的に相対化するという。週刊誌の記者として訓練を受けたその文体は、読みやすく分かりやすい。ずっと以前、ある社会学者が、モーセの出エジプト、パウロの伝道旅行、そしてなんと毛沢東の長征を並べて、旅の中での思想(信仰)の飛躍と展開について書いた論文を思い出した。それに触発されて、駆け出しの牧師の頃、『旅する人々』という旧約についての随想を『福音と世界』に一年間連載したことがある。一冊にまとめるように言われたが、忙しさに紛れて果たせないままになっている。私自身は極端な出不精で、ろくな外国旅行をしていない。国内旅行でも、ほとんどの場合講演に呼ばれて往復するだけだった。ともかく著者の旅の記録を羨ましく思いながら、楽しんで読んだ。
コロナブックス編集部編『フジモトマサルの仕事』(平凡社)2015年に白血病のため46歳で亡くなった漫画化・イラストレイターの様々な作品を紹介してくれる。いろいろな機会にこの人の作品に触れてきたが、その全体像を初めて知ることが出来た。動物を擬人化したその独特の絵は、ユーモアとある喚起力がある。
 (戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿