2020年9月5日土曜日

 

牧師の日記から(282)「最近読んだ本の紹介」

山口周三『小西芳之助の生涯』(教文館)戦後、高円寺東教会という独特の教会があって、その小西芳之助という牧師が力ある聖書講解をすると聞いていた。小西芳之助は第一高等学校の学生時代、福音教会のローラ・モーク宣教師から薫陶を受けた広野捨次郎、石館守三、篠崎茂穂といったグループの一人。その後、内村鑑三の聖書研究会に出席してその深い影響を受け、実業界で働いていたが、49歳の時伝道者に転身した人。千代田教会の茨木啓子さんも、しばらくこの集会のメンバーだったはず。著者の山口周三さんは長く小西牧師に私淑し、小西牧師没後もその聖書集会をずっと継続して来られた方で、昨年私の『日本キリスト教史を読む』の講座に参加されたことから恵贈された。私自身の空白が埋められる感じがした。

ヘニング・マンケル『苦悩する男 上下』(創元推理文庫)スウェーデンの田舎警察の刑事を主人公とする刑事ヴァランダー・シリーズの最終巻。60歳を越え、体調の不良を覚える主人公が、海軍の高官だった夫妻が失踪した事件を追いかける。そこには戦後のスウェーデンの置かれていた政治的位置や国際政治が絡んでいる。ただ事件を追うだけではなく、その過程で主人公の生涯が繰り返し回想され、スウェーデン社会の変化と、それについて行けない自分の老いと死への恐怖が語られる。それは20年近く続いたこのシリーズ全体への回顧へと読者を促す。そして事件が一応解決した直後に、主人公がアルツハイマーを発症して物語は終わる。著者自身が一昨年亡くなっているが、長年に渡って愛読して来たシリーズを読み終えて、なんとも複雑な感想を抱かざるを得なかった。愛読していた作家が亡くなると、もうその作品は読めない。自分よりも若い作家の小説には容易に馴染めない。こうして、自分の老いを突きつけられることになるのだ。

村上春樹『一人称単数』(文藝春秋)この二年ほどの間に書かれた短編を集めたもの。収録された何篇かは、言わば著者の若き日のちょっとした出会いや経験に着想を得て書かれている(と思われる)。そこに出てくる音楽や車、服装などに私自身が同時代の空気を吸った想い出がある。そして、自分自身の未熟で不安定だった若き日の苦い経験や、失敗などを思い出させる。しばしば読むのを中断して、昔一度だけ出会った人のこと、ほんの些細な出来事や小さな事件などが次から次へと想い出されるのだ。そこに、この著者の文体がもつ喚起力があるのだろう。

佐藤優『ヤン・フスの宗教改革』(平凡社新書)ルターやカルヴィンによる宗教改革の以前に、チェコの地で宗教改革を試み、教皇に抵抗して焚殺されたヤン・フスを取り上げる。フスからコメンスキー、マサリク、そしてフロマートカへと至るチェコ・プロテスタント神学の流れを、分かりやすく紹介してくれる。途中、著者独特の地政学的な知見や現代政治の分析が挟まれるのがご愛敬と言えるだろうか。東京での同志社講座の講演をもとに再構成したもので、大変読みやすく啓蒙された。(戒能信生)

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