2021年4月3日土曜日

 

牧師の日記から(312)「最近読んだ本の紹介」

鶴見俊輔『戦時期日本の精神史』(岩波書店 同時代ライブラリー)以前目を通しているが、病院の待合室で読み始めて、結局全部再読した。カナダの大学で英語で行った講義を訳したものだが、分かりやすい話し言葉で書かれている。英語の達人だからこそできる業ではあるが、外国人を相手に、戦時下の日本人の心情を英語で説明することは至難の業のはず。なにより戦時下を潜り抜けた個人に焦点を合わせて論じていることに改めて教えられた。例えば、柏木義円や石原吉郎、明石順三などのキリスト者たちの戦時下の位置についても丁寧に取り上げられている。

柄谷行人『柄谷行人対話篇』(講談社文芸文庫)柄谷行人の文章は、難解で往生することが多いが、対談集だけに読みやすい。しかもその対話の相手が、吉本隆明、中村雄二郎、安岡章太郎、寺山修司、丸山圭三郎、森敦、中沢新一という多岐にわたる面々なので、著者の様々な局面を伺うことができる。特に興味深かったのは、哲学者中村雄二郎との対話。中村が「最初は話し言葉で書いて、それを文章体にした」ことを取り上げ、柳田国男の「一ぺん話し言葉になった言葉を使え、耳で聞いて分かる言葉だったらいい」という指摘とつなげて、「思想と文体」について論じている。私自身も、毎週礼拝説教の原稿を話し言葉で準備をしてきて、いつしか研究論文なども基本的に話し言葉で書くようになっている。キリスト教研究や神学論文の中には、理解不能の難解な表現が少なくない。話し言葉で伝えられないことは、相手に到底伝わらないのではないか。

渡邊昌美『異端審問』(講談社学術文庫)1314世紀の南フランスでの異端審問の歴史を、その記録から詳細に紹介してくれる。カタリ派やワルドー派といった異端が特に民衆に広まるのに対して、ドミニコ会やフランシスコ会が厳しく論難し、それが異端審問として制度化されていく過程を知ることができる。ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』にも登場する異端審問官ベルナール・ギ―がどのような人物であったのかも、この本で初めて知った。きわめて厳格なドミニコ会師で、几帳面な記録魔だったとのこと。信仰の敵を排撃するという以上に、司牧の責任から人々の魂の内面までを指導する責任感から出ているという。しかしこの異端審問が、やがてスペインでの見境のないユダヤ人迫害や魔女狩りに発展していく。

菊池英明『太平天国』(岩波新書)清朝末期の中国で太平天国の乱という民衆の反乱があった。宣教師たち、またカトリックの神父やシスターたちも多数犠牲になっている。教祖洪秀全がキリスト教に触れて始めた貧しい客家を中心とした民衆運動が、やがて軍事力をもって清王朝に対峙する。一時は北京を脅かすほどの勢力だったが、中国の伝統的な価値観と混淆して攘夷思想に陥り、内紛もあって自滅していく。しかしこれほど大きな反乱になったのは何故かを考えさせられる。現代の中国との関連で「皇帝なき中国の挫折」という副題は示唆的ではある。(戒能信生)

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