2021年7月3日土曜日

 

牧師の日記から(324)「最近読んだ本の紹介」

村上春樹・柴田元幸『本当の翻訳の話しをしよう』(新潮文庫)現代アメリカ文学を翻訳してきた作家と翻訳家の二人が、フィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』(中野好夫・常盤新平訳)から始めて、翻訳論、現代アメリカ文学の潮流、作家たちのゴシップ等を縦横に語り合う。中でも興味深かったのは、柴田の「日本翻訳史 明治篇」で、聖書の翻訳が取り上げられていること。現在でも評価の高いあの明治文語訳聖書は、刊行当時、格調が低いと評判が悪かったそうだ。翻訳陣はアメリカ人宣教師と日本人牧師たちから構成されていたが、日本人たちは漢語満載のさらに荘重な文体を主張したのに対し、宣教師たちは和語を多用した分かりやすい翻訳を主張し、結局宣教師たちの主張が容れられたからだという。ところが、明治中期以降、言文一致の文体が定着し、漢語尽くしの表現は時代遅れと見做され、結果として和語と漢語がバランスよくミックスされた文語訳聖書が定着したのだという。どこまで根拠のある話しか分らない点もあるが、なるほどと思わされた。しかし聖書はなにより朗読、音読に耐える文体が求められる。それが文語訳聖書の最大の魅力だと思う。

南原繁研究会『南原繁と戦後教育改革』(横濱大気堂)南原研究会の山口周三さんが送ってくれたので一読した。中でも元・文科省次官前川喜平氏の講演「教育基本法と私」が興味深かった。南原繁たちが敷いた戦後の「教育基本法」の路線が、その後の自民党政治の中でどのように変質させられていったかを、改めて具体的に教えられた。また文部官僚の中にも政権政党に忖度しないこのような人がいたのかと見直す思いだった。

畑中章宏『廃仏毀釈 寺院・仏像破壊の真実』(ちくま新書)明治の最初期の廃仏毀釈の経過と実際を詳細に教えてくれる。江戸時代まで習合していた寺と神社を強制的に分離した「神仏判然令」がどのような人々によって担われ、その結果各寺院で何が起こったのかを具体的に検証している。貴重な仏像や仏具が破壊されたり、売られたりする一方で、民衆によってそれが保護され守られた例もあったようだ。また神仏習合の実態には、山岳信仰や修験道との関わりも見られることを新しく教えられた。皇室の神道化の結果、それまで皇室の菩提寺であった泉涌寺(歴代の天皇の墓はここにあった)がどのように処置されたのかも教えられた。

沢木耕太郎『オリンピア1996 冠〈廃墟の光〉』(新潮文庫)1996年アトランタ・オリンピックの取材記だが、私自身はこのオリンピックについてほとんど印象に残っていない。日本選手の活躍があまり見られなかったからでもあるが、著者は商業主義が支配したオリンピックだったからだという。このシリーズは、2020東京オリンピックを当て込んでの企画だったようだが、コロナ禍による延期で出版も一年延期され、結果として政治と商業主義に利用されるオリンピックの実態を鋭く批判する内容になっている。コロナ禍のオリ・パラは果してどうなるのだろうか。(戒能信生)

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