2021年7月17日土曜日

 

牧師の日記から(326)「最近読んだ本の紹介」

竹下節子『疫病の精神史』(ちくま新書)カトリック教会の歴史から、その時々に蔓延する疫病をどのように受け止め、どう対してきたかを概観してくれる。古代から中世にかけて、疫病の猖獗にキリスト教会は懸命に取り組んでいる。そこに神の警告を読み取りつつ、しかし病む者の看病と看取りに多くの信仰者が献身的に奉仕して来た。しかし近代に至ると、医師や病院が取って代わり、教会はその役割を放擲してしまったのではないか。21世紀の現代、Covid-19のパンデミックによって、改めて教会の使命と役割が問われている。パスカルが、そしてルナンが、疫病の危機に対してどのような信仰理解を示したのかを教えられた。

神田千里『戦国乱世を生きる力』(ちくま学芸文庫)応仁の乱から戦国時代にかけての一揆の思想と、その中での宗教の役割を取り上げる。加賀を中心とする一向一揆と浄土真宗について、また切支丹の動向とその影響について、従来の通説を覆す視点が示される。例えば織田信長の延暦寺への攻撃は、戦国武将として必ずしも特異なものではなかったとする。また武士だけでなく農民たちも自ら武装し、しばしば私闘に及んだのは、「自力救済」思想が背景にあるという指摘に考えさせられた。その意味で親鸞の「他力本願」は、秩序維持に適合する宗教思想だったことになる。

野口冨士男『海軍日記』(中公文庫)昭和19年の秋、33歳の病弱な小説家が海軍に召集される。以来翌年8月の敗戦によって復員するまで、横須賀海兵団での新兵としての日々を、隠し持った小さな手帳に書き付けた稀有な記録(軍隊で下級兵士が私的な日記をつけることは許されなかった。厠などで秘かに書き込み、面会の折りに家族に渡して保管された)。「一切の嘘を書くまい」と決意したその日録は、きわめてリアルに戦争末期の海軍の実態と兵士たちの日常を伝えている。「不馴化性患者」(栄養失調症を海軍ではこう呼んだ)の病兵としての危機感が、読む側にも迫ってくる。

安田武『戦争体験 1970年への遺書』(ちくま学芸文庫)安田武の名前は、『思想の科学』研究会や「きけわだつみの会」の活動で知っている。学徒出陣し、ソ連軍による抑留を経て帰国した後、徹底的に自身の戦争体験に拘り続けたその文章は、いま読んでもリアリティがある。自分の戦争体験をいかなるイデオロギーにも、また戦後政治の動向にも回収されまいと決意し、結果として孤立していくその生き方が胸を打つ。

太田省一『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)テレビのお笑い番組の熱心な視聴者ではないが、それでもこの40年近く彼らの提供する「笑い」は身近にあった。それが何を意味するのか、そこにどのように時代が反映しているのか、そして現在の新たな格差社会の中で笑いはどのように変質しているかを改めて教えられる。最近人気のサンドイッチマンという漫才コンビの特徴が「やさしさ」にあるという指摘には考えさせられた。(戒能信生)

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