2021年9月4日土曜日

 

牧師の日記から(333)「最近読んだ本の紹介」

文春ムック『立花隆のすべて』(文芸春秋社)羊子が買って来てプレゼントしてくれた。田中角栄の金脈追及から始まって、宇宙飛行や臨死体験、サル学の現在、分子生物学、自身のガン体験…と、その知的好奇心は止まることを知らない。この人の書いたものはある程度追っかけて読んで来たつもりだが、「全著作リスト」を見ると未見のものも沢山ある。しかしこの人の本から多くのことを学んできたことは確かだ。ところで、これから書く予定だった「未発表本リスト」なるものがあり、その中に『キリスト教批判』があるという。ご両親(特に母親)が熱心なキリスト者で、本人も中高生の頃まで教会学校に通っていたという。その関係で大学に入学すると、無教会系の登戸学寮に入寮している(寮生たちがあまりに勉強しないのですぐに出てしまったそうだが)。実際、『僕はこんな本を読んで来た』でも、コアなキリスト教関係の書籍が少なくない。鶴見俊輔の言葉として伝えられているが、「日本のキリスト教、特にプロテスタントは、自分の子どもたちをクリスチャンにすることはうまく行かなかったが、プロテスタントにすることはできた。立花隆や上野千鶴子がそうだ」を思い出した。

泉谷閑示『「うつ」の効用』(幻冬舎新書)コロナ禍の状況で、うつ病も拡大し、自死者も増加しているという。この本は、10年前に刊行された『クスリに頼らなくても「うつ」は治る』を、コロナ禍を踏まえて改稿したもの。改めてうつ病の現在を考えさせられた。これまでの牧会の現場で、何度もうつ病の相談に関わってきた。患者本人にしか分からないつらさを聞きながら、「家族の理解を得て、相応しい薬を飲めば必ず治る」とアドバイスしてきた。しかしこの本を読んで考えさせられた。確かに抗うつ剤は対症療法的には効果があるが、心身が悲鳴を上げている根本原因を変えなければ、本質的な問題の解決にはならないという。うつ病は、何らかの理由で心身が限界に来ているシグナルだということは確かだろう。

キジ・ジョンスン『猫の町から世界を夢見る』(創元社SF文庫)今や古典とも言うべきラブクラフトの『未知なるカダス』の舞台設定を借りて、55歳の女性教師が、誘惑されて駆け落ちした教え子を取り戻すために冒険の旅に出る。つまりファンタジーには珍しく、中年の女性が主人公なのだ。しかも、数々の冒険の果てに教え子が誘惑された「覚醒の国」に行き着くと、そこは現実のアメリカ社会だというどんでん返し。つまりファンタジーの世界から醒めると、相変わらずの現実に立ち戻るという皮肉。「次はどうする?」という主人公のつぶやきで終わるのが印象的。

山下賢二『ガケ書房の頃』(ちくま文庫)京都の左京区にガケ書房というユニークな本屋があった。その書店主の歩みと、個性的なセレクト書店が10年余で閉店するまでの実際を描いている。この10年で私自身の行きつけの書店がいくつも閉店している。本が読まれなくなった現在、とりわけ個性的な個人経営の本屋は立ち行かなくなっているようだ。(戒能信生)

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