2022年2月5日土曜日

 

牧師の日記から(354)「最近読んだ本の紹介」

いしいひさいち『全集ののちゃん』(徳間書店)ジンマシンの症状で苦しんでいる。中でも、本が読めないのがつらい。本を読みだすと、いつしか無意識のうちに痒い所を掻いているのだ。それでやむなく羊子の本棚から『全集ののちゃん』全12巻を引っ張り出して、横になって読み始めた。不思議にも、この手のマンガは痒さをそれほど気にしないで読めるのだ。もちろん『朝日新聞』朝刊に連載されている四コママンガである。結局10日ほどで、約8000回分(19972019年)を読み切ったことになる。そこで改めて気がつかされたことがある。それはこの漫画が、徹底して山田さん一家とその周辺の日常だけを描いているという事実である。父親で山田たかしさんの会社での滑稽な出来事、母親である松子さんの苦手な家事ぶり(毎日のように「今晩の夕食は何にしようか」と悩んでいる)、そしてその母親しげバアサンの因業ぶり、息子のぼるの失敗談と妹であるののちゃんの学校生活や友だちたちとの悪戯の数々、そして山田家の飼い犬であるポチの駄犬ぶりが、マンネリズムと思えるほど繰り返し描き込まれている。そこでは一切の大事件は起こらない。つまり東日本大震災や自然災害などの事件や事故も全く取り上げられない。ついでに言えば、前作『山田くん』ではチラホラ出て来ていた大相撲もプロ野球もオリンピックも、そしてコロナ禍さえ出て来ない。あの長く続けられた国民的マンガ『サザエさん』もやはりサザエさん一家の日常や失敗が描かれていたが、それでも政治や世相がチラリと顔を覗かせることがあった(因みに『サザエさん』の連載は5000回ほどで、『ののちゃん』は既にそれをはるかに超えている)。しかしこの『ののちゃん』には、頑なにと言っていいほど大状況の出来事は取り上げられない。そこに作者であるいしいひさいちの意図があることは言うまでもないだろう。この作者は、別の作品で政治や政治家を徹底してこき下ろす作品を多数描いている。また『がんばれタブチクン』『ワイは朝潮や』でも知られるように、プロ野球や大相撲などを茶化して作品に取り上げて来ている。そうであるのに、この『ののちゃん』には、政治問題は一切取り上げられず、プロ野球や大相撲も取り上げられない。もちろん老若男女だれもが目にする『朝日新聞』朝刊の連載だけに、気を遣っていることはあるかも知れない。しかし政治状況や世相とは全く関係なく、ののちゃんとその周辺の日常だけが取り上げられている。しかもその笑いは、しばしば「オチ」が分らないシュールなものも含まれている。かなりじっくり読み込まないと、どこがおかしいのか分らない場合も少なくないのだ。それはもはや暖かいホームコメディと言うよりも、私たちの変哲もない日常だけを活写しているとも言える。そこには脱イデオロギーと多様な価値観の中に浮遊する現代社会がユーモラスに描き込まれていると言えるのだろうか。ジンマシンの悩みから逃れるために『ののちゃん』の25年分を読み直していろいろ考えさせられた。(戒能信生)

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