2022年7月9日土曜日

 

牧師の日記から(374)「最近読んだ本の紹介」

榎本空『それで君の声はどこにあるんだ?』(岩波書店)同志社神学部を卒業した著者が、台湾の長栄大学でC.S.Song(宋盛泉)に学び、その影響を受けてユニオン神学校に留学して黒人神学で有名なジェームズ・H・コーンの薫陶を受ける一種の留学記。宋盛泉は、私も若い時期に親しくして、3度にわたって彼を囲むターグンクを主催したことがある。そのSongの近況を知ることができて、嬉しかった。さらにコーンの黒人解放神学に学んだ詳細がリアリティーをもって紹介されて感銘を受けた。著者はアシュラム運動の指導者だった故・榎本保朗牧師の孫にあたるという。まだ30歳前半の若き神学者のこれからの活躍に期待する。しかしコーンの神学を日本の教会の現状で展開するのはきわめて難しい。友人だった故・栗林輝夫もやはりユニオン神学校に学び、被差別部落出身の自身の経験をもとに『荊冠の神学』を書いたが、容易にこの国では根付かなかった。「属格の神学」の困難さと言ってしまえばそれまでだが、著者の沖縄体験と幼少期の阿波根昌鴻との出会いを軸に応答してもらいたい。

奥泉光・加藤陽子『この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか』(河出新書)小説家と歴史家が、「教育勅語」や「軍人勅諭」を読み解いて、太平洋戦争に至る歴史に肉薄する。さらに清沢洌『暗黒日記』や田中小実昌『ポロポロ』、山田風太郎『戦中派不戦日記』などの戦争文学を取り上げて対談している。軍国主義の英雄的な物語に回収されない戦争の現実を文学としてどのように捉えるかを論じていて学ばされ、考えさせられた。特にウクライナ戦争の現状と行く末を考えると、これは他人事ではない。

成田龍一『歴史像を伝える』(岩波新書)新しい教科「歴史総合」のために、練達の著者が「歴史像を伝える」具体例を提示してくれる。例えば、冒頭で紹介される1963年に撮影された「21歳の嫁の手」の写真は衝撃的。既に戦後になっているが、この国の貧しさと女性の置かれた位置が一目で判る。その他、福澤諭吉の思想の転変や小津安二郎の映画、山本七平の『一下級将校の見た帝国陸軍』、さらには村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』などが歴史の実相に迫る素材として取り上げられ解析される。このような手法が、キリスト教史研究にも用いられないだろうかと考えさせられた。

谷口桂子『吉村昭の人生作法』(中公新書ラクレ)吉村昭の歴史小説にはほとんど目を通しているはず。岩波新書の近代日本史シリーズで、歴史研究者たちが例外なく吉村昭の作品を参考文献に挙げていたのが印象に残っている。小説家であるのに、その資料の厳密な読み込みと解釈には定評があるのだ。その吉村昭のエッセーなどから、この小説家の「人生作法」を抜き出していて興味深かった。その日常生活において、小説を書くことを目標として、それ以外のことに余力を割くことを出来る限り避けてきた様子が伺える。牧師もまた、説教と牧会に全力を尽くすべきなのだが、それは容易なことではない。(戒能信生)

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