2022年7月16日土曜日

 

牧師の日記から(375)「最近読んだ本の紹介」

スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ「文学はあるべき姿を取り戻した」(『ユリイカ』7月号)『戦争は女の顔をしていない』で知られるノーベル文学賞作家に、ウクライナ戦争後の状況について翻訳者の沼野恭子さんがロング・インタビューしたもの。彼女の父はベラルーシ人、母はウクライナ人だという。ベラルーシの民主化運動に参加して、現在は祖国を追われてヨーロッパに滞在している。ポスト・ソ連のロシア人たちの心的状況について、彼女の証言はきわめて説得的だった。偉大なロシアへの回帰の幻想が多くの人々を支配しているという。それが、プーチン政権とウクライナ戦争がロシア国内で圧倒的に支持されている背景にあるというのだ。翻ってこの国の政治状況を考えさせられた。経済的に落ち目になっている現在の人々の心情と共通するものがあるのではないだろうか。

国立歴史民俗博物館編『性差の日本史』(インターナショナル新書)この国のジェンダー格差が、先進国の中でも際だって低く、なんと116位と報じられている。この新書は、古代から中世、さらに現代までの性差の歴史を、文献や絵画など様々な資料で例示してくれてとても興味深かった。この国のキリスト教の歴史においても、明治の初期には女子教育や矯風会運動など、性差の克服のために先進的に取り組んできたはずだ。しかし現在でも、信徒の男女比が1:2であるにもかかわらず、牧師の男女比は、依然として男性8・女性2という比率のままだ。主任牧師の男女比になると9:1だという。ここから変えて行かなければこの国の教会の将来はないとさえ私は考えさせられている。しかしそれは容易なことではない。

半藤一利・保坂正康『ナショナリズムの正体』(文春文庫)この国の代表的な保守リベラリストとも言うべき二人の対談で、最近のナショナリズムの風潮への警告が語られている。ヘイトスピーチや改憲論議の中で特にその傾向が顕著だという。二人とも揃って安倍政権を批判しているのが印象的だった。その安倍さんが参議院選挙中に殺害され、一挙にその政治的評価が高まり、国葬にするとまで言われている。しかし安倍政治なるものへの批判や問いが忘却されてしまうことへの深刻な危惧が残るだろう。

藤沢周平『一茶』(文春文庫)以前読んでいるが、寝られない夜に引っ張り出して再読した。信州の貧しい農家に生れた少年が、江戸に奉公に出され、独学で俳句を学び、やがて俳諧師として名をなすに到る、その生涯を、晩年の帰郷後の老醜と言うべき最期まで追っている。著者の若き日、結核の闘病中に俳句に親しんだ経験が活かされているという。以前、信州柏原の一茶記念館を訪ねた時、一茶が四国を巡行した記録を見たことがある。私の郷里の俳句好きの豪農を訪ねて、句会を催しているのだ。驚いたのは、その際、貧しい小作人までもが句会に参加して俳句を寄せている事実。そこに江戸中期の文化の成熟を見る思いだった。(戒能信生)

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