2022年7月23日土曜日

 

牧師の日記から(376)「最近読んだ本の紹介」

スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ、他『アレクシェーヴィチとの対話』(岩波書店)『戦争は女の顔をしていない』など一連のドキュメンタリー文学で知られるノーベル賞作家の歩みを、NHKのディレクターが追った一種のインタビュー集。Eテレで度重ねてこの作家を取り上げる番組を制作して来た過程をつぶさに紹介してくれる。結果として彼女の多岐にわたる作品の紹介と解説になっている。大祖国戦争などの大きな物語に回収され得ない「小さな人々」の証言に徹底して聞くことによって、初めて見えて来る戦争の実相がそこで明らかにされる。それはさらに、スターリンによって迫害されシベリアに追放された人々の運命を掘り起こし、アフガニスタン戦争に駆り出されたロシアの若者たちの現実を抉り出し、チェルノブイリ原発事故によって愛する者の命を奪われ、住む土地を追われた人々のその後の人生を詳細に伝えることになる。そして今、ウクライナ戦争が始まった。徹底して小さな人々の声に聞き続ける著者の闘いはさらに続くことになる。ノーベル賞受賞講演「負け戦」も収録されている。

いしいひさいち『ののちゃん全集⑬』(徳間書店)朝日新聞朝刊に連載されている四コマ漫画『ののちやん』が、その前段の『となりの山田君』から数えると1万回を超えるという。これは国民的漫画『サザエさん』をはるかに越える。羊子がその2020年、2021年分を収録した全集⑬を買って来てくれたので読み直してみた。毎朝朝刊で見ているはずなのに、ほとんど覚えていないことに気づいたが、さらに考えさせられたことがある。この2年の間、『ののちゃん』では一度もCovit-19=新型コロナ・ウィルス感染症について取り上げていないのだ。2010年代、東日本大震災や原子力発電所の爆発事故についても一度も触れられてないことは知っていたが、改めてこの漫画家のありふれた日常だけを描く強固な姿勢に興味を覚えた。実は、私はこの作者のデビュー当時から注目して、ほとんどその全作品に目を通している。最初期の『バイトくん』や『がんばれタブチ君』などを愛読して来た。この作者は、政治や社会の問題に無関心なのではなく、かつては政治家や権力者たちを徹底してからかう痛烈な政治マンガを多数描いている。そうであるのに、『ののちゃん』には、そのような政治的事件や社会的事象には全く触れられないのだ。そこに、この作者の日常生活に対する徹底した拘りを感じる。すなわち新聞紙上で取り上げられている政治的社会的事件に捉われることなく、主人公ののちゃんの小学校でのドタバタや、家族の日常だけが繰り返し繰り返しユーモアを込めて描かれるのだ。翻ってこの2年余、私たちはどれだけコロナ禍に拘束された生活して来ただろうか。しかし『ののちゃんは』は同じ紙面で取り上げられる大きな事件や事故に見向きもしないで、ののちゃんとその周辺の日常だけが描かれるのだ。そこに、この作者の強烈な主張と平凡な日常への固執を読み取る思いだった。(戒能信生)

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