2022年8月13日土曜日

 

牧師の日記から(379)「最近読んだ本の紹介」

大貫隆『ヨハネ福音書解釈の根本問題』(YOVEL)ヨハネ福音書研究で知られる大貫さんの近著。ご自身の研究者としての歩みを振り返りながら、著者のヨハネ論の総まとめをしてくれる。無教会研修所での講座を一冊にまとめたもので、ブルトマン、ケーゼマン、ボルンカムといった先行研究の特徴を判りやすく整理した上で、著者の立場から批判的に検証する。そして新約聖書学の歴史的・批判的研究を踏まえた上で、ガダマーの解釈学を援用し、ヨハネ福音書の構造を明らかにする。これまで発表してきた内容と重なるが、歴史的・批判的研究に留まらず、さらに言語論、解釈学に分け入って行かざるを得なかった経緯と理由が説き明かされる。正直に言って、ガダマーの難解な解釈学の部分は十全に理解できたかどうか覚束ないのだが、それでもイエスの生きた歴史と、それを伝承として受け止めたヨハネ共同体の現実、さらに時空を越えてそれを読み取ろうとする現在とを架橋する「地平の融合」という問題意識を感じ取ることが出来た。特に、ヨハネ共同体に吹いていた聖霊(parakletos)を私たちへの問いかけとして受け止める姿勢に新たなヒントを与えられた。著者がまだ東大西洋古典の院生だった頃、親しくギリシア語文献の読解や聖書学の手ほどきをしてもらったことがある。大貫さんの研究を下敷きにして、ヨハネ福音書9章の構造分析に関する論文も書いている。私たちの勉強会にも度々来て頂いた。その誠実な研究者の姿勢に心から敬意を覚える。

平野千果子『人種主義の歴史』(岩波新書)大航海時代に始まり、啓蒙時代を経て現在に至るまでの「人種主義(racism)」の変遷とその問題を総ざらいしてくれる。つまりヨーロッパ人が大航海時代にアフリカやアジア、さらに南米で様々な「異人種」と出会い、彼らをどう理解するかから「人種主義」が始まったという。それは新たな「奴隷制」の始まりであり、同時に自らの存在をどう理解するかに跳ね返ってくる。そこからナショナリズムが興り、「異民族」への差別や蔑視が始まり、黄禍論や反ユダヤ主義が生れる。それが苛烈な植民地支配と、20世紀になるとナチスのホロコーストへと至り、現在も様々なヘイト・クライムへと再生産されている。この「人種主義」に、それぞれの時代の哲学や医学、博物学がどのように関与したかについても明らかにされる。一つ教えられたのは、18世紀以降のイギリスのインド・ブーム。東インド会社のスタッフだったマックス・ミューラーの「リグ・ヴェーダ」研究から宗教学・比較宗教学が始まったとされるが、その文脈を初めて了解することが出来た。それはまさに「異人種」をどう理解するかという問題意識だったと言える。しかも、そこからヨーロッパ人の起源がインドにあるという「アーリア人」仮説が生れ、さらに言語学では「インド・ヨーロッパ語族」の発見?に結びつき、そして最後にはアンチ・セミティズムへと至る流れを理解することが出来た。

(戒能信生)

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