2022年10月1日土曜日

 

牧師の日記から(386)「最近読んだ本の紹介」

吉見義明『草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験』(岩波現代文庫)15年戦争へと至るこの国の歩みについて、歴史家や研究者の分析をそれなりに読んできたが、本書を読んでその視点と方法に瞠目させられた。当時の政治家や軍部、それを批判する言論人たちの視線ではなく、庶民・民衆の眼に戦争への道がどのように映っていたかを抉り出している。その方法に驚かされる。無名の人びとが私家版として発行した膨大な従軍記や戦争体験の手記、戦地からの手紙等から読み解くのだ。例えば、1936年に国会で「粛軍演説」をしてバッシングを受けた代議士斎藤隆夫の許に寄せられた700通近い激励や支持の手紙(こんな資料があったのだ!)を詳細に分析し、その当時の多くの人々が軍部の横暴に対する批判や立憲政治を守れという意見をもっていたこと、しかしその声が戦争反対の主張には向かわなかった事実を読み取っている。さらに検事局が発行していた『思想月報』(これがまた意外にも的を得ている!)、北支や満州における陸軍の調査報告(これが実に精確な分析をしていることに驚かされる)、アメリカ軍による日本兵捕虜からの聞き取り、戦後のGHQによる検閲による調査報告など、ありとあらゆる資料を渉猟し、しかもそれを学問的に分析している。考えさせられたのは、敗色濃厚な敗戦間際になっても、また戦地での悲惨な経験をくぐり抜けても、多くの兵士や民衆の聖戦意識は容易に鈍らなかったという事実。そこまでファシズムの根は深かったのだ。それが敗戦により一転して「敗北を抱きしめる」(ジョン・ダワー)ことになる。現在、ウクライナ戦争に対してロシア国内から反戦の動向が期待されているが、インターネット等を通じて戦争の実態を知る一部の若者たちは別として、プーチン政権打倒の動きは容易に期待できないと思わされた。

萬年一剛『富士山はいつ噴火するのか?』(ちくまプリマ―新書)中学生の時、確か「富士山は休火山だ」と教わったはず。しかし本書によれば、富士山は立派な活火山で、いつ噴火してもおかしくないという。その噴火の時期、規模、溶岩や噴煙による甚大な被害の予測について、その可能性を詳細に指摘しつつ、分らないことは分からないと言明する。世界で最も進んでいるとされる火山研究の現在を分りやすく解説してくれる。この国に原子力発電所を設置することがいかに無謀なことかが明らかにされる。

鶴見俊輔・吉本隆明『思想の流儀と原則』(中央公論社)日本の思想家の中で私が若い時期に最も影響を受けたのは、鶴見俊輔と吉本隆明の二人。その両者のそれぞれについての論考と対談が掲載されている。そのいくつかは既に読んでいるが、時間の経過を経て読み返して、私なりに戦後思想の課題が整理される感じがした。そしてこの二人の流儀の違いも感得された。お互いに敬意をもって「その『鞍部』を乗り越えようとする姿勢」(解説の大澤真幸の言葉)に改めて感銘を受けた。時代と変遷と共に多くの言説は消費されるが、時を超えて輝く思想と人格がある。(戒能信生)

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