2022年10月22日土曜日

 

牧師の日記から(389)「最近読んだ本の紹介」

森安達也『東方キリスト教の歴史』(ちくま学芸文庫)「卓越したスラブ学者であり、この国における東方キリスト教研究のパイオニアであった著者」(浜田華練の解説)の論考が集められている。東方キリスト教を研究するためには、古典ギリシア語、古典ラテン語を初め、ロシア語や各スラブ語、さらに英語、フランス語などの現代語も習得しなければならないという。著者はキリスト者でないにもかかわらず、この国では全くマイナーな正教会史に分け入って、驚くほど精緻な研究をしている。例えば、東方正教会における旧約聖書(70人訳)の受容史、神秘思想に関する論争、ボスニア教会の消長、ポーランドとウクライナにおける宗教問題等、かなり専門的な論考が収録されている。おそらくウクライナ戦争との関連で、絶版になっていた本書が文庫化されたのだろう。東方教会の歴史には詳しくないので勉強になったが、この国にもこのような研究者がいたのかと改めて驚かされた。最後に収録されたロシア正教会における講演で、正教会への穏やかな批判と注文をしているが、著者の人となりを想像させる。

飯清『主旋律と装飾音』(私家版)長く霊南坂教会の牧師であり、教団議長も担った故・飯清牧師の自伝。『時の徴』連載の高倉徹総幹事日記の参考にするため、翻刻作業をお願いしている青地恵さんから頂いた。葬儀の際に配られた由だが、愛媛県今治市の飯家の由来から始まり、一家がクリスチャンになった経緯、回漕業の家業を継ぐべく同志社商学部に進んだものの途中で神学部に移って牧師になった事情、戦争末期に学徒兵として招集された海軍での経験、戦後、アメリカ留学を挟んで、倉敷教会を経て霊南坂教会牧師になり、教団議長などキリスト教界の要職を担ったその生涯が楽しく綴られる。音楽を初め何ごとにも有能で、経理にも明るかった飯さんだが、こうもあっけらかんと自慢話しをされると、皮肉の一つも言いたくなる。しかし多くの教会員たちから愛された牧師だったことは確かで、そこに組合教会の一つの伝統を見ることができる。

へニング・マンケル『イタリアン・シューズ』(創元社推理文庫)マンケルは、スウェーデンを代表するミステリー作家で、刑事ヴァランダー・シリーズは世界的なベストセラーに数えられている。私も翻訳されたものはすべて目を通しているが、先年亡くなってガッカリしていた。ところが、マンケルはこのような本格的な大作にも取り組んでおり、それが改めて翻訳されたという。主人公の中年の医師は、外科手術で事故を起して医者を廃業し、それ以来12年も、漁師であった祖父の所有していた孤島に独りで隠遁生活をしている。言わば引き籠もり状態の彼の許に、昔捨てた女性が訪ねて来る。それを皮切りに、彼女との間に生まれた娘と初めて出会い、さらに自らの犯した医療事故の被害者の女性と再会する。その過程で次第に主人公が人間性を回復していく経緯が、現在のスウェーデン社会の変容と重ね合わせて語られる。久しぶりのマンケル節を堪能した。(戒能信生)

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