2023年2月25日土曜日

 

牧師の日記から(406)「最近読んだ本の紹介」

坂口ふみ『「個」の誕生 キリスト教教理をつくった人びと』(岩波文庫)4世紀から6世紀にかけて、ニカイア公会議からカルケドンを経てコンスタンチノポリス公会議によって三位一体の教理やキリスト論が形成されていく。つまりこの時期、キリスト教神学の骨格が作られたのだが、それは素朴な旧新約聖書の信仰を、プラトンやアリストテレスなどのギリシア思想・哲学によって論理化し、洗練させ磨き上げる過程だったと言える。私自身も神学校で初期キリスト教史の授業で学んだが、率直に言って退屈な印象しか覚えていない。皇帝をめぐる宮廷政治の駆け引きを背景に、些細な信仰理解の違いを取り上げて、次々に論敵を異端として排除していく過程は、むしろ教会の負の歴史としか受け取れなかった。ところが本書では、その複雑精緻な教理論争を整理して、ヨーロッパ成立以前の時代の精神を甦らせ、それが近代を基礎づけた経緯を跡付けてくれる。東西ローマの対立が、西の理性的・論理的なキリスト教理解に発展し、東はビザンツ文化と混淆して精神化していく過程もおぼろげながら理解できた。西方教会が特にアウグスチヌスによって内面に沈潜化していく一方で、東方教会が聖霊信仰を重んじる傾向が顕著になっていったという。長く東北大学で中世哲学を担当したこの著者の存在を、私は知らなかった。ギリシア語、ラテン語を駆使して、教理論争をこのように読み解くことができることを改めて教えられた。

島薗進他『徹底討論 問われる宗教とカルト』(NHK出版新書)安倍元首相の暗殺事件を契機として、旧統一協会問題、宗教と政治の癒着、カルト問題などがマスコミで取り上げられるようになった。本書は、その先駆けになったNHK-Eテレの二回に渡る放送を書籍化したもの。私自身はこの放映を見ていないが、旧知の小原克博さんや川島堅二さんなども参加していることもあって目を通した。緊急な対談だったにもかかわらず、錯綜した問題点を整理してくれる。特に、小原さんの「近代国家が生んだ犠牲システム」という発題は、国葬問題を理解するために必読の問題提起と感じた。

浜本隆志『笛吹き男の正体』(筑摩選書)ハーメルンの笛吹き男の民話は、既に阿部謹也が見事な分析をして知られる。すなわち、この民話の背景には、子ども十字軍や感染病など諸説があるが、根底には東方への開拓移民によって大勢の若者が勧誘された歴史的事情が背景にあることが実証された。本書は、その後の研究を踏まえて、それが植民請負人によるもので、1284622日と日付まで特定され、その旅のルートも推定される。さらに、その後のドイツ東方植民(主にポーランド)の系譜に分け入り、それがナチスによる東方植民運動へとつながり、実際に多数の子どもが拉致されことが明らかにされる。ここまで来ると、ちょっと判じ物という感がなくもないが、興味深く読まされた。(戒能信生)

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