2023年4月8日土曜日

 

牧師の日記から(412)「最近読んだ本の紹介」

香月恭男『生誕100年香月泰男展覧会図録』(インディペンデント)

香月恭男『私のシベリヤ』(文芸春秋社)

立花隆『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』(文春学芸文庫)

画家香月泰男の名前を知ったのは、富坂キリスト教センターを会場に、立花隆が香月の小さな個展をするという話を聞いたときだった。立花隆の書庫「猫ビル」がセンターのすぐ近くにあるからという説明だった。結局、いろいろあってこの個展は見に行けなかったのだが、それ以来香月泰男という画家と、その「シベリア・シリーズ」という一連の絵のことが気になっていた。そのうちテレビや新聞で香月の絵が取り上げられるようになり、またテレビの特別番組で香月が抑留されたシベリアの強制収容所を立花隆が訪ねるドキュメントの映像を見たりして、俄然興味が湧いてきた。それで香月恭男『私のシベリヤ』を読んで、この特異な画家の生涯とシベリア・シリーズの絵のことを知ったのだった。

香月泰男は山口県三隅町の出身で、東京美術学校を卒業して女子高の美術教師をしている時、召集されて満州に赴く。終戦後ソビエトに抑留されて、シベリアの奥地のラーゲリで過酷な収容所生活を強いられる。生き延びて後復員して郷里に戻ってから、少しずつシベリアでの体験を独自の絵に描き続けることになる。それは、具象と抽象のはざまで、黒を基調とした厚塗りの独自の世界が展開される。何度もこれでシベリア・シリーズは終わりにすると言いながら、結局63歳で亡くなる直前まで、シベリアでの経験をもとにした絵を描き続けたのだった。

立花隆の『シベリア鎮魂歌』が文庫になったので読んで、長年疑問に思っていたいくつかのことが氷解した。あの香月の『私のシベリヤ』は、若き日の立花隆がゴースト・ライターとして、香月から直接聞き書きしてまとめたものだったこと、香月が東京美術学校に入学する前の浪人時代、富坂にあった普及福音教会が経営する日独学館の学寮に入居していたという経緯があったことも、今回初めて知ることができた。それで、香月生誕100年の際の特別展の図録を羊子に出してもらって、時間をかけてその絵を見直してみた。最初はただその迫力に圧倒されるだけだった香月の絵が、立花の解説によって解き明かされ、一つ一つの絵の背景や制作過程、その絵に込められた画家の想いが明らかにされていった。

改めて考えさせられたのは、この画家がどんな境遇に置かれても、そこに美しいものを探し求め、それを表現する芸術家の魂を持ち続けたこと。そして人々が戦争の記憶を忘れ、時代の変転に流されるようになっても、この画家は自身のシベリア経験に固執し、それを芸術に昇華することを決して止めなかった。結果として、戦争とその悲惨、愚かしさを生涯をかけて描き続けた稀有な画家だったことになる。(戒能信生)

 

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