2023年5月6日土曜日

 

牧師の日記から(416)「最近読んだ本の紹介」

野田正彰『戦争と罪責』(岩波現代文庫)雑誌『世界』に連載されたときに読んでいるが、文庫本になったので改めて読み返した。主に戦時下の中国で戦争犯罪を犯した軍医、特高、憲兵たちからの詳細な聞き取りをもとに、戦争の加害者責任について精神病理学者が究明したもの。冒頭に医師であり牧師であった小川武満先生が取り上げられている。小川先生は、キリスト者遺族としてヤスクニ法案に率先して反対の声を挙げた牧師だが、その生い立ちや医学校を中退して神学校に学び、牧師になってもう一度医師を目指した経緯が紹介されている。敗戦後の北京で、戦犯として処刑された軍人たちの最期を看取り、その尊厳を守った人としても知られる。一方、多くのBC級戦犯たちが、シベリア抑留の後、中国に身柄を移されて撫順戦犯管理所に収容されている。そこで徹底して自らの犯した罪と向き合う過程が凄まじい。上官の命令だったとか、他にも同じことをやっている兵士が沢山いたといった、ありとあらゆる弁明と自己無罰化、合理化を払い除けて、一人一人が自分の犯した罪と向き合う。この戦犯管理の背景には周恩来首相がいたとされるが、ある意味では壮大な実験でもあった。当然処刑されるべき自らの罪を認めた兵士たちが、やがて釈放されて帰国する。すると洗脳されたとか、「アカ」というレッテルが貼られ、就職もままならない戦後が待っていた。その中で、本書に取り上げられた人々は、自らの罪責を負い続ける道を選ぶ。考えさせられたのは、陸軍の精神病院だった国府台病院に残されている2000枚のカルテの中で、明白に加害によるPTSDと見做されるのはたった2枚だけだったという。アメリカやロシアで、ベトナム戦争やアフガニスタン戦争から帰還した兵士たちのうち、10%から50%もの人々がなんらかのPTDS症状を発症されているデータがあるという。もちろん戦前の日本でPTDSについての知見がまだ共有されていなかったこともあるが、それにしても残酷な戦場や虐殺の経験に容易に傷つかない兵士たちを、この国は育てて来たことになる。そこに皇民化教育や軍隊教育によって自分の精神を強固に防御してきた兵士たちの姿があると、著者は指摘する。そして自らの罪と向き合い、それを担う生こそが、柔らかな人間的感状を取り戻す唯一の道だという。罪の問題は、キリスト教会こそが真剣に考えてきたはずだが、改めて自身の罪との向き合い方を考えさせられた。

小川原正道『日本政教関係史』(筑摩選書)旧統一協会問題を機に、政治と宗教の関係が問われている。本書は明治以降150年の政治と宗教との関係を整理して解説した教科書的な一冊。この国が徹底して宗教を管理し、利用し、そして利用できない宗教は弾圧・排除してきた歴史が明らかにされる。それは基本的に江戸幕府の宗教政策を引き継いだものだった。平和憲法によって政教分離原則が制定されても、靖国神社に象徴される宗教の政治利用は今も続いているのだ。(戒能信生)

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