牧師の日記から(513)「最近読んだ本の紹介」
鶴見太郎『ユダヤ人の歴史』(中公新書)ユダヤ人の歴史について、旧約聖書の時代について勉強してきた。しかしその後はいきなり近世に飛んで、スペインやフランス、イギリス、ロシアでのユダヤ人迫害(ポグロム)、そしてナチスによるホロコースト、戦後のイスラエル建国と、現在も続くパレスチナ問題と続く。しかし本書によって、そのような一般的な認識の空隙が次々に埋められていく。例えばイスラムが中東を支配して以降ユダヤ人たちはどうしたか。あの十字軍の時代にも、ムスリムとユダヤ教徒は共存していたのだ。そしてオスマン帝国の時代のユダヤ教の神秘主義やカバラーの展開、さらにポーランド王国にユダヤ人が流入した背景、ロシア帝国の中でのユダヤ人たちの苦難、ドイツにおけるユダヤ啓蒙主義とシオニズム運動の発生など、ユダヤ人問題とその歴史について自分の認識がいかに断片的なものだったかが明らかにされ、まさに蒙を啓かれる。
中村真人「アウシュヴィッツの焼却炉」『世界』(2-4月号)ナチスによるユダヤ人絶滅計画の中で、アウシュヴィッツを初め各地の収容所に設置された焼却炉が決定的な役割を果した。このルポルタージュは、その焼却炉がユダヤ人の遺体処理のために用いられることを知った上で開発・制作し、メインテナンスをも担った企業トップフ&ザーネ社の歴史を追う。創業者たちはよき家庭人であり、ナチ党員ではあったが、特に反ユダヤ主義者でもなく、ただビジネスとして、会社の売り上げのためにこの恐るべき犯罪に荷担したという。現代にもつながる「産業とホロコースト」という新しい問題が提起されている。
上野千鶴子『フェミニズムが開いた道』(NHK出版)この国のフェミニズムの歴史を、戦前の第一波(雑誌『青鞜』以降)から歴史的に追っていく。戦時下の空白を挟んで、第二波は1970年前後、近代的性別役割分担への問いとして始まったという。そして第三波は1990年代に、揺り戻しと分断の中で政治問題化していく。第四波は2010年以降、MeToo運動から始まり、著者自身の言葉として「フェミニズムとは弱者が弱者のままで尊重される思想」と再定義される。この国の近代史がフェミニズムの視点から見事に腑分けされ感嘆させられる。(戒能信生)
0 件のコメント:
コメントを投稿