2026年3月28日土曜日

 

「牧師の日記から」(553

322日(日)主日礼拝はヨハネ福音書62240の講解説教「命のパン」。ヨハネ福音書が聖餐の起源を「最後の晩餐」ではなく「5000人のパンの奇跡」に求めた理由や背景について短く触れる。こういう聖書学的な難問を説教で取り上げるのは難しい。礼拝後、特に行事予定がなかったので、お茶の時間に片倉睦子さんや林信子さんとゆっくり話すことができた。信子さんの受洗準備をすることになりそうだ。

23日(月)友人の山口里子さんからメールで、フェミニズム聖書学に基づいたメッセージ集に協力してほしいと言ってきた。以前ルカ福音書の講解説教に取り組んだ際、里子さんの聖書解釈を参考にした説教2篇を送る。その後、同胞教会史研究会の報告書に掲載する「同胞関係諸教会のその後」の論考を整理して送稿。加えて、初期の『同胞』誌についての原稿も仕上げる。

24日(火)午前中、四谷から市ヶ谷の土手を散歩。桜は三分咲きというところ。帰りに久しぶりに防衛省の正門前を通る。以前から軍服を着た自衛隊員が一人カービン銃を片手に立哨していたが、新たに三名の迷彩服の隊員が自動小銃を抱えて立っていることに気づく。防衛庁から防衛省に格上げしたのがこんなところに現われているかと驚いた。ずっと以前、韓国や台湾、フィリピンやネパールなどで、空港や市内の要所に迷彩服姿の兵士が自動小銃を片手に立っていた。日本では先ずお目にかかれない光景なので、逆に我が国の平和を確認させられたのだが、どうもそれも怪しくなりそうだ。

25日(水)故・堀光男先生の追悼集の初校が届き、校正作業が始まる。編集実務を担ってくれたYKさんが来てくれてホールで一緒に作業。寄稿してくれた皆さんにゲラ刷りを送る。

26日(木)午前中門前仲町の歯科医で治療。アメリカとイスラエルのイラン攻撃に、世界経済が振り回されているニュースに暗澹となる。戦争を始めるのは容易だが、終わらせることは至難。イエスマンだけで側近を固めて、不都合な真実に耳を貸さない愚かな人物を大統領に選んだ悲喜劇とも言える。今も爆弾が降り注ぐ中で息を潜めている人々のことを想像する。午後から牧師会で、大森先生や向山さんと話し合う。(戒能信生)

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