2018年12月23日日曜日


牧師の日記から(193)「最近読んだ本の紹介」

三谷太一郎『近代と現代の間』(東京大学出版会)政治学者三谷太一郎と、御厨貴、松尾尊兊、脇村義太郎、神田眞人、岡義武、樋口陽一といった錚々たる研究者たちの対談集。厳密な資料による検証を基礎とする政治学の論文と異なって、大正期や昭和前期の思いもかけぬ裏話が随所に紹介されている。特に昭和天皇の戦争責任の問題や、吉野作造の位置と評価をめぐる議論が興味深かった。

先崎学『うつ病九段』(文藝春秋)棋士・先崎学九段が、突然体調を崩し休業する。うつ病だった。その症状が現れてから、入院生活、そして退院後の回復期の日常を、ありのままに記録した手記。うつ病患者がこれほど率直に自らの罹病の経験を吐露することは稀だろう。実は、10月の初めに私自身が体調を崩した時、診察した主治医が最も可能性が高いと考えたのは老人性うつ病だった。血液検査等の結果で考えられる可能性を消去法で絞っていくと、残るのはうつ病だというのだ。私の場合は数日で体調が回復し、結果としてうつ病ではなかったようだが、一つのシグナルとして受け止めざるをえなかった。私の周囲にも何人もの友人・知人たちが同じ病気で苦しんでいる。そのつらさを聞かされてきたが、この本を読んで改めてうつ病の大変さを身近なものとして実感することが出来た。

国分功一郎『スピノザ エチカ』(100de名著、NHK出版)学生の頃スピノザを少し囓ってみたが、とても歯が立たなかった。以来敬遠してきたのだがが、フーコーやデリダ、アガンベンといった最近の哲学者がしきりにスピノザを取り上げているので、教育テレビのこの番組を視聴しテキストにも目を通した。相変わらず分らないことだらけだが、ただ一つ「意志」についての言及が目を惹いた。スピノザは言う。「精神の中には絶対的な意志、すなわち自由な意志は存在しない。」古代思想において「意志」の存在は認められず、プラトンにも「意志論」はないという。H.アレントによればパウロやアウグスティヌスなどのキリスト教思想に由来するという。直ちに連想するのは、ロマ書718の「善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです」という言葉。それは直接罪意識と結びついている。意志を偏重する現代社会の問題と重ねて考えさせられた。

網野徹哉『インカとスペイン帝国の交錯』(講談社学術文庫)アンデス社会史の研究者が、インカ帝国の興亡と滅亡後の歴史を、スペイン史と折衝させながら検証した学術書。スペインのイスラム勢力を撃退したレコンキスタ以降、キリスト教と、ムスリム、ユダヤ人がなんとか共存していた時代から、極端な異端審問を経て異教徒に対する排除政策が押し進められるようになる。それがそのまま南米の植民政策に引き継がれた経過を初めて知った。

比佐篤『貨幣が語るローマ帝国史 権力と図像の千年』(中公新書)ローマ帝国の興亡を、その貨幣から分析した新書。これほど数多くの貨幣が発行されていることを初めて知った。特に、キリスト教に関連する貨幣も多数存在し、従来のローマ史研究では見えてこなかった事実が浮かび上がる。(戒能信生)

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