2018年12月29日土曜日


牧師の日記から(194)「最近読んだ本の紹介」

イ・ジョンミョン『星をかすめる風』(論創社)昨年3月京都に行った時、同志社大学キャンパスの片隅にある尹東柱の詩碑を訪ねた。第二次世界大戦の末期、福岡刑務所で獄死した留学生尹東柱。この韓国の国民的詩人を取り調べた日本人刑務官を主人公とするフィクションで、韓国でベストセラーになったという。当時の福岡刑務所の実情などをよく調べてあるが、九州大学医学部の人体実験や脱獄計画、満州での朝鮮人パルチザンによる金塊強奪事件など、小説仕立てのために少し盛り込みすぎの観がしないでもない。しかし物語の進行に添って尹東柱の詩が効果的に引用され、改めてこの詩人の世界に触れることが出来る。翻訳者の鴨良子さんから寄贈を受けて読んだ。訳文を読んでいて、1980年前後に『世界』に連載されたTK生(池明観)の文体を想い出した。そう言えば訳者の鴨さんは、池明観先生の紹介で延生大学に留学したとのこと。

佐藤彰一『宣教のヨーロッパ 大航海時代のイエズス会と托鉢修道会』(中公新書)宗教改革以降のカトリック教会の海外宣教の推移を概観してくれる。特に本書の後半でイエズス会のアジア宣教が、資料によって克明に紹介されている。ドミニコ会やフランシスコ会も含めて、これほど多くの宣教師が世界の各地に派遣されたことに改めて驚く。ということは、当時のポルトガルやスペイン、フランスなどのカトリック諸国で、数多くの修道士志願者が養成されたこと、さらにそれらの教育機関が無償で、貴族だけではなく商人や職人層にも開かれたことを背景とする。プロテスタントの宗教改革に対抗して、万里の波濤を越えて危険に満ちた海外宣教に献身した修道士たちの存在に眼を開かれる思いだった。この国のキリスト教会においても、明治・大正期、各教派の教職養成機関(神学校)が事実上無償であったことが、広く有為な人材を集め得た背景にあった。

吉見俊也『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)ハーバードの客員教授としての見聞から、トランプ政権の迷走ぶりを紹介してくれる。『世界』に連載された時にも思ったが、改めて現在アメリカの政治や社会の混迷を垣間見せてくれる。中でも私が学ばされたのは、本書の後半で触れられている1960年代の「ケネディー・ライシャワー路線」の批判的分析。「近代化路線」とも呼ばれたこの日米関係こそが、結果として日本の戦争責任を免責し、帝国主義アメリカへの視点がぼやかされたと指摘する。そして現在のトランプ政権は、大統領の特異な個性が注目されているが、冷戦解消後の帝国主義アメリカの本質が露わにされたと見るべきだという。きわめて説得的でいろいろ考えさせられた。

ジェフリー・アーチャー『嘘ばっかり』(新潮文庫)この作家の最新短編小説集。アーチャーは、このところ長編の大河小説に取り組んできた。そのいくつかを瞥見したが、本作のような短編小説にこそその本領があるようだ。絶妙のストーリー・テリングで、暇つぶしにはもってこい。重い主題の本を読めない気分のときには、お薦めの一冊ではある。(戒能信生)

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