2019年8月17日土曜日


牧師の日記から(227)「最近読んだ本の紹介」

ミチコ・カクタニ『真実の終わり』(集英社)著者は在米の文芸評論家で、98年のピューリッツァー賞(批評部門)の受賞者。トランプ現象の背景を、アメリカ社会の歴史とコンテキストに沿って分析している。大統領のツィッターに振り回され、真実が見えにくくなっているのは今に始まったことではない。例えば、大量破壊兵器があるという偽情報をもとに、ブッシュ政権はイラク戦争を始めたではないか。いやさらに遡れば、熱狂的反共主義のマッカーシズム旋風が吹き荒れたではないか。アメリカ社会を覆うニヒリズムとシニスムが、建国以来の理想主義やリベラリズムを徐々に蝕んで来ている現実が暴かれる。それは現政権が長期化しているこの国でも同様ではないか。森友問題で資料を捏造し、廃棄し、国会で偽証をした官僚たちが一切罪に問われないのだ。この現実に著者は「簡単な解決策などない。しかしながら、独裁者や権力を渇望する政治家が反抗を蝕むために頼るシニシズムと諦めに、市民が抵抗することは不可欠だ」と主張する。

ジョゼフィン・ティ『時の娘』(ハヤカワ文庫)1951年に発表された英国女流作家の歴史ミステリーの古典。15世紀の薔薇戦争の時代、二人の幼い甥を殺して即位したリチャード三世は、史上最も名高い悪人とされている。怪我をして入院している主人公グラント警部が、偶然リチャードの肖像画を見て、これは殺人者の顔ではないと直感する。そこから、身動きできない病床で歴史書や文献を手掛かりに推理を働かせ、リチャード無罪説に至る(いわゆる安楽椅子探偵の構成をとっている)。イギリス史に詳しくないので正確ではないが、この国で言えば明智光秀は信長暗殺の主犯ではないと主張するようなものらしい。しかしいわゆる「歴史ミステリー」という分野は、この作品から始まったという。高木彬光の『成吉思汗の秘密』は本書に刺激されて生まれたのだそうだ。最近の「トンデモ本」に近い歴史ミステリー流行りの源流がこれかと、新訳を興味深く読んだ。

トマス・ハリス『カリ・モーラ』(新潮文庫)『羊たちの沈黙』で、FBIの女性捜査官クラリスとハンニバル・レクターという天才犯罪者を創作した著者が、久しぶりに発表した新作のサイコ・ミステリー。女性主人公カリは、11歳の時コロンビア革命軍に徴募され少女兵として過酷な訓練を受ける。脱走してアメリカにわたり、今は移民労働者として働きながら獣医を目指している(このあたりがトランプ政権の移民政策を風刺しているらしい)。彼女がアルバイトで管理人をしている豪邸(廃墟)に隠された麻薬王の金塊をめぐって悪人たちが入り乱れて争う中を、カリは鮮やかに生き延びる。新しい主人公の誕生。これはシリーズ化されるのだろうか。著者独特の不気味な異常犯罪者の生態もてんこ盛りではある。

畠中恵『おおあたり』(新潮文庫)いわゆる「しゃばけシリーズ」の15作目。妖や狐、狸、お化けや猫又などがわんさと登場する江戸時代の商家を舞台とするファンタジー。厄介な書物を読むのに疲れたとき、この類のライト・ノベルに手を出すことがある。暑気払いにはもってこいと言えるかも。(戒能信生)

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