2019年8月24日土曜日


牧師の日記から(228)「最近読んだ本の紹介」

森分大輔『ハンナ・アーレント 屹立する思考の全貌』(ちくま新書)ハンナ・アレントの著作は、『エルサレムのアイヒマン』を流し読みしただけでほとんど読んでいない。最近、政治学や思想史の本を読んでいて、しばしばアレントの引用にぶつかる。しかし今さらあんな難解な大著に挑戦する元気もないので、アレントの主要な著作を要約・解題してくれるこの新書に目を通した。先ず、アレントの博士論文がアウグスティヌスについての研究だったことを初めて知った。ハイデガー、ヤスパース、そしてフッサールという錚々たる哲学者のもとで書いたのだという。主著とも言うべき『全体主義の起源』は、その要約・解題を読むだけでも、今日に通じる問題が扱われている。ドイツが植民地獲得に出遅れ、ポーランドを初めとする近隣の東欧を植民地化することによって、東欧に根付いていた「種族的ナショナリズム」が反ユダヤ主義と結びついたという指摘、ヨーロッパで成立した国民国家という概念が、同化を拒否する少数民族に対して無力であったという指摘も鋭い。また植民地に流入したモッブ(脱落者)の蛮行という問題も、日本の植民地台湾や満州で活躍した大陸浪人たちとの共通性を考えさせられた。アレントの思想は、時代を超えて現在でも確かなインパクトをもっている。

黄昭堂『台湾総督府』(ちくま学芸文庫)著者は台湾出身で、戦後日本に留学した国際政治学者。一方で日本における台湾独立運動の指導者として知られている。その著者が、台湾総督府の歴史を概観した一冊で、歴代の総督や民政長官の経歴だけでなく、その人事の背景にあった内地の政治状況にも詳しく触れられている。日清戦争以降の日本の台湾支配は比較的良好に行われ、それが現在でも台湾人の日本への友好意識の背景にあると言われて来た。その総督府政治の実態を、台湾人研究者の眼から率直に紹介している。驚かされたのは、霧社事件を初めとする山地族の反乱だけではなく、50年に及ぶ総督府支配の中で間断なく小さな反乱や蜂起が各地で繰り返されていたという事実。一方で、総督府が教育制度の導入とインフラ整備に努めた事実も紹介されている。実は、私の父は戦前の一時期、台南メソヂスト教会の牧師をしていた。そのこともあって、1980年代に日本基督教団と台湾基督長老教会の協約締結の準備を担い、その関連で二度、台湾での国際会議に参加している。その成果は『共に悩み共に喜ぶ』という書籍に収められているが、以来、台湾は私にとって課題であり続けているのだ。

長谷川町子『エプロンおばさん』全7巻(朝日文庫)『サザエさん』全巻を読み終わったら、羊子が本屋で見つけたからと今度は『エプロンおばさん』を買って来てくれた。週刊誌『サンデー毎日』に1960年前後に連載したもの。『サザエさん』と比較すると画の線がきれいなことと、頻繁に作者が漫画に顔を出し、その政治観がかなり率直に披瀝されていると感じた。そしてこの連載から、あの「意地悪ばあさん」のアイデアが生れたのだという。60年前に描かれた笑いが現在にも通用することに改めて驚いた。(戒能信生)

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