2020年5月16日土曜日


牧師の日記から(266)「最近読んだ本の紹介」

大木毅『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)第二次大戦のドイツの戦争について、ノルマンディ上陸作戦やヨーロッパ戦線など、西側連合軍との戦闘のイメージが強い。しかしナチス・ドイツが最大の戦力を投じたのはソ連侵攻であり、実際にスターリングラード攻防戦が象徴するように最も激戦であった。それは、「ドイツの生命線の東方への確保」と称して、東ヨーロッパからウクライナにまで戦線を拡大したことによる。「日本の生命線は満州」という戦前のこの国の掛け声を思い出す。しかも共産主義政権を打倒するという目的を掲げたので、それは「絶滅戦争」の様相を呈した。戦後の戦史研究では、独ソ戦についてヒトラーの無謀な介入が強調され、ドイツ国防軍の無罪化が計られたが、本書は資料に基づいて独ソ戦の実態を報告している。その犠牲の大きさと凄惨さ、さらに最新鋭のドイツ国防軍を撃退してそのままベルリンにまで反攻したソ連軍の底力に改めて驚かされる。たまたま、故・雨宮栄一先生の遺稿『反ナチ抵抗運動とモルトケ伯』の原稿整理をしているので、独ソ戦の推移が国防軍内のクーデター計画にどのような影響を与えたのかという点で参考になった。

神野直彦『経済学は悲しみを分かち合うために』(岩波書店)条谷泉さんから読んでみてはと頂いた。東京大学経済学部教授で財政学が専門の著者の自伝。私の恩師でもある隅谷三喜男先生のことや、『隅谷著作集』編纂で一緒に仕事をした経済学者たちのことも出てきて興味深く通読した。財政学とは、一言で言えば公正な税制度であり、貧富の格差を是正するための配分論であることがよく分った。つまり強欲な資本主義の横行と非人間的な市場経済至上主義に対抗するただ一つの手段が、公平な税制度であり、そのキーワードは「分かち合い」だと言う。財政学や税制について無知であった蒙を啓いてくれる一冊ではあった。

森政稔『戦後「社会科学」の思想』(NHKブックス)戦後の社会思想の流れを、現在の新保守主義に至るまで要領よく整理して解説してくれる。戦後のマルクス思想全盛の時代から、大衆社会の到来、ニュー・レフトの時代、そして新自由主義が支配的になる現在に至るまで、その時々の内外の代表的な思想のトレンドを次から次へと紹介している。日本の研究者だけを上げても、丸山眞男、大塚久雄、藤田省三、平田清明、鶴見俊輔、吉本隆明、真木悠助(見田宗介)など、私自身が苦労して学んで来た人々の思想と理論がコンパクトに紹介され、その問題点が指摘されていく。教養学部での講義をまとめたもので、大変便利ではある。ただ、その時々にこれらの人々の書物を読んで影響を受け、悩み葛藤しながら歩んで来た者にとっては、率直に言って「なんだかなあ」という印象が残る。つまり小熊英二の戦後思想の解説と同様に、過ぎ去った過去の整理という感想を抱かざるを得なかった。これが世代の違いというものなのだろうか。(戒能信生)

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