2020年5月31日日曜日


牧師の日記から(268)「最近読んだ本の紹介」

竹内洋『教養主義の没落』(中公新書)戦後生まれの私でも、高校生の頃、誰に勧められたのか阿部次郎『三太郎の日記』、西田幾太郎『善の研究』、『倉田百三『愛と認識との出発』を手に取っている。おそらく歯が立たなかったのだろう、その内容はほとんど覚えていない。この三冊に代表される旧制高校以来の教養主義が、戦後もなお続いていたのだ。それが1970年頃を境に読まれなくなっていく過程を、大学生の読書傾向などの調査をもとに丹念に跡付けている。その背景には、大学の大衆化、岩波文化を中心とするエリート主義の後退、あるいは反知性主義への傾斜といった知をめぐる変遷があるという。著者が前尾繁三郎や木川田一隆といったかつての政財界人に深い教養があったことに注目し、現在の官僚や政財界人にそれが失われていることを嘆いているところが興味深かった。

堤美果、中島岳志、大澤真幸、高橋源一郎『支配の構造 国家とメディア 世論はいかに操られるか』(SB書房)2018年NHK-Eテレビ『100de名著』のスペシャル・バージョンで「メディア論」が取り上げられた。4人の気鋭の論者たちが現在の政治とメディアを批判的に取り上げて話題になった。そのメンバーが、現在の安倍政権とメディアの癒着と忖度の現実に、再結集して共同討議を展開する。取り上げられるのは、ハルバースタム『メディアの権力』、トクヴィル『アメリカのデモクラシー』、ベネディクト・アンダーソン『創造の共同体』、ブラッドベリ『華氏451度』。まるで読書会に参加しているようで刺激的だった。この本がNHK出版から発行されない事実が、現在のメディア状況を示している。

保阪正康『続 昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)前作が面白かったので、続編を読んだ。三島由紀夫、近衛文麿、橘孝三郎、野村吉次郎、田中角栄、伊藤昌哉、後藤田正晴の7人を取り上げている(三人目は五・一五事件に加担した右翼の大立者で立花隆の叔父)。いずれも本人やその周辺に徹底して取材したインタビューを下敷きにしている。言わばオーラル・ヒストリーの手法と言えるが、その取材力の広さと厚みに驚かされる。いずれも週刊誌に連載したものだが、実に読みやすい。これはこの著者の他のノンフィクションにも言えるのだが、週刊誌的文体とでも言うべきだろうか。

和田誠『ことばの波止場』(中公文庫)昨年亡くなった和田誠さんのエッセイ集。それも、デザインやイラストといった専門分野でなく、言葉遊びを中心にした著者独特の蘊蓄が繰り広げられる。折句やアナグラム、回文、押韻といった日本語の特質から、替え歌やしりとりなどを具体的に取り上げているが、その言語感覚の鋭さとセンスに驚く。もともと、落合恵子さんの依頼でクレヨンハウスのセミナーで講演したものというが、とぼけた味わいの挿絵と共に楽しんで読んだ。 

 (戒能信生)

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