2020年5月9日土曜日


牧師の日記から(264)「最近読んだ本の紹介」

吉村昭『雪の花』(新潮文庫)吉村昭の史伝物はほとんど読んでいるはずだが、読み逃していた一冊。COVID-19の感染拡大に対応して書店に並べられていたので手に取った。幕末期、福井藩の町医・笠原良策が西洋医学を学び、辛苦の末に長崎から種痘を手に入れ、幼児に移植して天然痘の流行を押さえる。この国における感染症に対するワクチン接種の出発点となるその苦闘の歩みを、ドキュメンタリー・タッチで描いている。藩の役人たちの不作為や漢方医たちの抵抗、そして周囲の無理解と偏見に立ち向かった先人たち労苦を知ることが出来る。

マイク・デイヴィス「疫病の年に」(『世界』5月号)雑誌『世界』のコロナ特集号に掲載されたアメリカの歴史家の論考。皆保険制度のない合衆国の医療現状、製薬会社の利益至上主義が指摘されている。アメリカで最初のCOVID-19 集団感染はシアトルの老人ホームだったという。営利目的の老人ホーム産業が、過当競争の中で基本的な感染予防を怠っているという。さらに巨大製薬会社18社のうち15社は、収益性の高い心臓病の薬や精神安定剤などの開発に主力を置き、感染症に対する新しい抗生物質や抗ウィルス剤等の研究開発を放棄しているという。市場経済至上主義が公衆衛生の環境をむしばんでいる実情が伺える。

まど・みちお『いわずにおれない』(集英社文庫)詩人まど・みちおが、96歳の時、自作の詩について編集者のインタビューに答えた小さな本。この「含羞の詩人」が、自作の詩について自ら解説した貴重な証言になっている。私はこの詩人の詩が好きで、「子どもの祝福」などでも度々紹介してきた。特に私の関心は、この詩人が若い時期、台湾でホーリネスの信仰に導かれ受洗していること。戦後、教会生活から離れてしまったことから、キリスト教と信仰の観点からのこの詩人について触れられることはほとんどない。しかし彼の自然観や宇宙への感覚に、どうしても宗教的なものを読み取ってしまう。このインタビューの中でもこう答えている。「・・・ということは、やっぱり生かされてるっちゅうことじゃないでしょうか。私は無宗教なんですが、人智を越えたある大きな力、宇宙の意志のようなものを感じずにはおられません。」「遠いところっていう語感が私はすごく好きで、この言葉をよく使うんですよ。われわれを生かしてくださっている、どうすることもできない絶対的なものから、自分たちはものすごく離れたところにおるっちゅう感じがあるんだなぁ。・・・それに遠いところにあるからこそ、憧れ、求め続けることができるんだと思います。」「その自然の法則というものは、ものすごく大きく、愛に満ちているように思えます。本当は生かされている私たち人間に、『自分は自分で生きている』と思わせてくださってるくらいに・・・。」

戒能信生)

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