2020年8月15日土曜日

 

牧師の日記から(279)「最近読んだ本の紹介」

ドロテー・ゼレ『逆風に抗して』(新教出版社)ゼレは1929年生まれで、ナチス政権下での少女時代を経験している。戦後、様々な経緯を経て神学を学び、R・ブルトマンに師事し、しかし新約聖書学ではなく組織神学を専攻する。若い時期、ケルンの「政治的夜の祈り」を主宰し、ドイツの再軍備に反対し、核武装の放棄を主張するなど、最左翼の政治的主張を展開する。博士論文は受領されたものの、そのラディカルな主張と正統主義的信仰理解に対する激しい批判のゆえに、ドイツの教会では容易に受け容れられず、神学部では講師止まりだった。それが70年代の半ば以降、アメリカのユニオン神学校の教授に迎えられ、私の友人の日本人留学生たちも大きな影響を受けている。女性神学者として、また三人の子どもの母親として、さらに離婚者でもあり、カトリックの元司祭と再婚と、保守的なドイツのプロテスタント社会では例外的な存在であった。この自伝でも、通例のキャリアを累進する過程を描くのではなく、その信仰的・思想的遍歴を率直に語り、音楽や文学への愛好を披歴している。私も堀光男先生からゼレの書物を紹介されて愛読して来たので、感慨をもって読んだ。

山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか』(光文社新書)家族社会学が専攻の著者の近著。北欧やフランスである程度成功した少子化対策を形だけ真似しても、日本では一向に成果が上がらない。それは何故かを分析している。むしろ結婚する若者自体が減少しているのだ。その経済的な背景もさることながら、リスクを回避し、現状維持と世間体を気にする日本人の気質そのものを変えなければならないという。ドイツやシンガポールなどが、少子化社会であっても、積極的な外国人移住者の受け入れによって、労働力を確保しようとしているのに対して、日本政府はほとんど無策である事情が暴露されている。

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書)新型コロナ・ウイルスの感染拡大が止まらない現状で、改めてウイルスとは何かを学ばされた。ペストやコレラ、結核などの恐るべき感染症の原因が細菌であることを、150年前ロベルト・コッホが発見する。しかしその細菌よりも圧倒的に微小なウイルスの存在が発見される。タンパク質と核酸からなるウイルスは、細胞膜がなく、自己増殖ができないので、生物とは見做されていない。しかしその核酸にDNAが含まれ、宿主に寄生することで増殖を繰り返すことが判明する。インフルエンザも、エボラ出血熱も、エイズのHIVも、すべてウイルスなのだ。ところがさらに調べていくと、はるか昔、このウイルスが哺乳動物の胎盤を機能させていたたという。つまりウイルスがいなければ、人間を含む哺乳類も存在しないことになる。すると、人類の存在自体がwith virusだということになる。詳細までは理解できないものの、これまでの無知を啓蒙された。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿