2020年8月8日土曜日

 

牧師の日記から(278)「最近読んだ本の紹介」

川端康雄『ジョージ・オーウェル』(岩波新書)未来の究極の管理社会をディストピア小説『1984』で描いた作家オーウェルの評伝であり、その主要な作品を紹介してくれる。学生時代に『1984』を読んで、それがスターリン主義のソ連の抑圧を痛烈に批判しているところまでは理解したが、この作家の背景や思想までは関心が及ばなかった。この新書で、オーウェルの生涯を辿って多くのことを学ばされた。植民地下級官吏の息子として生れ、奨学金を得てイートン校まで出ながら、大学には進まず、植民地ビルマの警察官として働き始める。その後ジャーナリストを目指して帰国し、イギリスの貧しい労働者たちのルポルタージュを試み、さらに反ファシズムの立場からスペイン内戦に義勇兵として参加している。そこでの痛苦な体験から社会主義に対する疑問と批判を抱くようになる。さらに第二次世界大戦中にBBCのインド向け放送を担当している。その放送を、ジャワの海軍武官府で鶴見俊輔が聴いており、これが戦後の鶴見のオーウェル紹介と評価へとつながる。つまり、植民地のイギリス人官吏の経験から、サイードの『オリエンタリズム』を一部先取りするような視点を獲得した人だったのだ。

ハーバート・パッシン『米陸軍日本語学校』(ちくま学芸文庫)第二次世界大戦に際して、アメリカ軍は日系二世を動員し、米軍将兵の中からIQ130以上の人材を選抜して徹底した日本語教育を施す(このあたりが日本軍と決定的に異なる)。太平洋の各戦地での情報収集のためとされた。これに応じた優秀な若者たちの中から、その後数多のジャパノロジストを輩出することになる。著者もその一人で、陸軍日本語学校を修了し、占領下の日本で最初期の意識調査に取り組み、その基礎を作った社会学者。その親日的な言説の背後に、痛烈な日本社会への問いと批判を読み取ることが出来る。

先崎彰容『吉本隆明 共同幻想論』(NHK出版)教育テレビの「100分で名著」で取り上げられた吉本隆明の『共同幻想論』の解説テキスト。学生時代吉本隆明から多大な影響を受けた。しかし『共同幻想論』は何度も挑戦したが十分に理解できなかった。この極めつきの難解な書を、吉本世代ではない1975年生まれの著者が軽やかに解説してくれる。教えられることもあったが、他方で1970前後の情況でないと吉本のインパクトと魅力は分らないだろうとも思った。

JM・クッツェー『イエスの学校時代』(早川書房)前著『イエスの幼子時代』を読んで不思議な印象を受けたので、その続編に目を通した。未来のユートピア社会で、偶然出会った子どもを育てる主人公の奮闘が独特のユーモアをもって語られる。著者は南アフリカ出身のノーベル賞作家だが、聖家族をこのように描く比喩のニュアンスがどうも掴めなくて困惑するばかり。まだこの続編が出るそうなので、それに期待することにしよう。(戒能信生)

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