2021年5月23日日曜日

 

牧師の日記から(318)「最近読んだ本の紹介」

藤本龍児『ポスト・アメリカニズムの世紀 転換期のキリスト教文明』(筑摩選書)マックス・ヴェーバーとハイデッガーという異質の知の巨人を折衝させて、そこに共通する問題意識、大量生産と大量消費に典型されるアメリカニズムへの批判を読み取り、それを手掛かりにポスト・アメリカニズムの動向を探ろうとする意欲作。ことに21世紀になってからのアメリカ社会の宗教状況を分析し、世俗化論の趨勢、公共宗教の可能性、政教分離原則の変遷、ネオリベラリズムと福音派の親和性、ポピュリズムと文化戦争、ポスト・コロナ社会の可能性など、多岐にわたる論点を展開する。もともと学術論文をまとめたもので、一冊の書物としてはまとまりがない印象。学ばされたことを一つ紹介すると、世俗化の進行が宗教の衰退を促すと従来考えられてきた。しかし21世紀になって、むしろ原理主義的な信仰理解やカリスマ運動、あるいは福音派の勃興など世界の宗教化現象が顕著となっている。この事態をどのように社会形成に汲み取っていくかが課題だというのだ。それは従来の単純な政教分離論やリベラリズムでは対応できないという主張を含む。その意味でベラーの市民宗教論から、ハーバーマスの公共宗教論へ、さらにラディカルに推し進めるべきことを示唆する。しかしその行く末にはかなり危険なものを感じるのだが…。

石井寛治編『石井家の人びと』(日本経済評論社)転入会された石井寛治さんから頂いた。逓信官僚であった父と音楽好きの母の間に生れた六男一女、そのそれぞれの生き様を記録している。大変優秀な家系で、いずれも努力家である子どもたちは、それぞれ薬理学者、建築家、NTT幹部社員、牧師夫人、経済学者、労働行政官などとして活躍している。その半ば近くがキリスト者で、戦争を挟んでクリスチャン家庭がどのように形成されたかの記録にもなっている。しかし何より日本経済史研究者としての石井寛治さんの歩みを知ることができる。研究者の自分史は数多あるが、七人兄弟姉妹の足跡を並行して取り上げるのは珍しい。興味深く読んだ。

久布白落実『廃娼ひとすじ』(中公文庫)婦人矯風会の創始者であり長く会頭を担った矢嶋楫子を調べる関連で、その姪で、やはり矯風会の会長を担った久布白落実の自伝を読んだ。楫子の死後、その不倫と出産の秘密を暴露した甥の徳富蘆花の痛烈な批判が知られるが、落実は既に楫子の生前にその告白を公にすべく準備していた。しかしその影響を考慮して生前には公表できなかったのだという。ともかく矯風会は、このスキャンダル?を乗り切り、その後もひたすら廃娼運動を推し進めている。この国の女性運動として驚嘆すべき歩みだが、矯風会の戦争責任という視点は乏しく、そのあたりに問題を感じざるを得ない。楫子が始めた日露戦争における兵士たちへの慰問活動にしても、どうしても国策協力という枠組みを突破できない。このあたりが明治期から大正期の矯風会と矢嶋楫子の評価の際の一つのポイントにならざるを得ないのだろうか。(戒能信生)

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