2021年5月29日土曜日

 牧師の日記から(319)「最近読んだ本の紹介」

加藤典洋『9条の戦後史』(ちくま新書)昨年亡くなった著者の遺稿で、編集者による死後出版。前著『9条入門』の続編で、憲法第9条の「平和条項」についてのほとんどすべての議論の推移と変遷を丹念に整理し、問題点を洗い出している。特徴的なのは、石橋湛山や森嶋通夫、都留重人など、従来の改憲論と護憲論において顧みられなかった人たちの提案や主張が丁寧に取り上げられていること。そこに加藤典洋の議論の真骨頂があり、最後に著者の具体的な対案が示される。それは、「国体化」した対米追従からの自立と日米安保の解消、国連の新しい位置づけと自衛隊を国連の指揮下に置くことなど、きわめてラディカルなアイデアが提示される。現在日本政府が負担している米軍の駐留経費負担額は総計44億ドルに上り、国連全体の年間予算の約二倍に当たるという事実が、この一見突飛な提案の背景にある。これが実現可能かどうか分らないが、しかし護憲と平和主義に停滞している現在の日本社会への真剣な問いかけではある。加藤典洋は、『アメリカの影』から始まり、『敗戦後論』を経て、一貫して「戦後」を思想的に問うてきた。もともと文芸評論家である著者が、最期に至るまで拘って取り組んできた足跡と提案に学ばねばならないことは確かだ。

河合隼雄『宗教と科学の接点』(岩波現代文庫)トランスパーソナル心理学の世界大会が京都であり、その報告から始まる。現代心理学の最先端が、宗教と科学の対話を目指しているのだという。著者は心理療法の現場の体験を踏まえて、科学と宗教の狭間の問題を具体的に取り上げる。『世界』に連載されたとき、断片的に呼んでいたはずで、既読感があった。心理療法者はクライアントを導いたり助けたりしてはならないこと、魂の深みでひたすら話しを聞き続けること、それは相当の熟練とエネルギーを要すること、むしろ本人の自己治癒の力を信じて寄り添うことの大切さを改めて教えられた。自分自身の牧会者としての痛苦な経験と数々の失敗!に改めて気づかされる思いだった。

日本SF作家クラブ編『ポストコロナのSF』(ハヤカワ文庫)信頼している作家や思想家たちが、Covid-19のパンデミックについて一向に発信しないことを不思議に思っている。新聞やテレビでは、ワクチンも含めて取り敢えずの対症療法的な議論に終始するばかりで、この難問の文明史的な意味について取り上げられることは少ない。思いついて、気鋭のSF作家20人によるポストコロナをテーマとするこの短編集を読んでみた。コロナウィルスに世界が侵蝕されるという事態を若手のSF作家たちがどう受け止めているかに関心をもって読まされた。味覚や嗅覚を失った人類、ITに管理された社会、リモートによるコミュニケーションが主流になった社会、マスクの常用化とその影響、身体接触を避ける社会の行く末等々、ユートピアならぬデストピアのイメージが次々に描かれ、その中での希望や人類の可能性についても触れられていて、興味深かった。(戒能信生)

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