2021年5月7日金曜日

 

牧師の日記から(316)「最近読んだ本の紹介」

斎藤幸平『人新世の資本論』(集英社新書)条谷泉さんを初め、何人かの知人から勧められた話題の新書。気候変動による地球の生態学的危機が迫っている。Covid-19によるパンデミックもその一つと言えるだろう。この危機の真の原因が資本主義そのものにあると喝破する著者は、マルクスの『資本論』を読み直し、さらにマルクス晩年のエコロジーや共同体論に対する関心を読み解いて、脱成長論を主張する。つまり経済成長を基本とする資本主義と地球環境の保全は相容れないと断定する。既存のSDGs(持続可能な開発)ではとても間に合わず、各国で取り組まれている脱炭素政策でも気候変動を防げないとする。それではどうしたらいいか。著者は改めて脱成長コミュニズムヘの抜本的な転換を提案する。それは帝国主義的生産様式を乗り越えて、使用価値経済への転換を目指す道だという(これは宇沢弘文の議論と重なる)。そこでは例えば協同組合運動が新たな視点から再評価され、それは既に世界の各地で様々な萌芽が見られるという。言われていることは納得できるが、その実現可能性はあるのだろうか。賀川豊彦が共産主義に対する代替案として協同組合運動と世界連邦運動を提唱したことは知られている。しかしこの著者は、強欲な資本主義を乗り越える道として改めて協同組合運動等による脱成長へのパラダイム・シフトを主張するのだ。何より分かりやすい文体に感心した。このところニュー・アカデミズムの論考は、難解な学術用語が多用されていて辟易することが多いが、この34歳の若き研究者はごく平易な文体に挑戦していて感心させられた。因みに、本書は2021年の新書大賞を受賞したとのこと。

 鵜沼裕子『逢阪元吉郎』(新教出版社)著者から恵贈されて目を通した。逢阪元吉郎は、大正から昭和前期にかけて活躍した牧師でありジャーナリスト。特に昭和4年以降、正力松太郎に招かれて読売新聞の宗教欄主筆として健筆を振るった。それが右翼の憤激を買い、非道な暴行を受けたことがきっかけで大病する。その大患の経験を経て、独特の聖餐論や信仰理解を展開した特異な神学者。説教よりも聖餐を重んじるその神秘主義的信仰理解は、主観的な贖罪信仰に偏った日本プロテスタン史の中で異彩を放っている。その逢阪元吉郎の本格的な評伝で、家族の事情やその影響を受けた人々の証言などを幅広く取り上げていて、一気に読まされた。

 添田孝史『東電原発事故10年で明らかになったこと』(平凡社新書)東日本大震災と福島第一原子力発電所の爆発事故から10年が経過した。爆発事故の原因や責任追及は、政府事故調査委員会の調査でも、また新聞報道などでも未だ明確に解析されていない。本書は、特に東電を被告とするこの間の裁判の過程で明らかになってきた事実を克明に紹介してくれる。そして事故が何故防げなかったかに具体的に迫っている。東京電力の会長や社長たちは「無罪」を主張しているが、そこには東電と政府による明かな不作為があり、しかも資料隠しがあったという。(戒能信生)

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