2021年10月2日土曜日

 

牧師の日記から(337)「最近読んだ本の紹介」

芝健介『ヒトラー 虚像の独裁者』(岩波新書)故・雨宮栄一先生の遺稿『反ナチ抵抗運動とモルトケ伯』の原稿整理をしている関係で、必要に迫られて読んだ。1933年にヒトラーが政権に就いて以降のナチス政権については、それに抵抗した告白教会の闘いの記録からある程度知っていた。しかしそれ以前の若い時代のヒトラーや、多数存在した右翼政党の中からヒトラーが頭角を現わしていく経緯については、詳しくは知らなかった。本書は、『我が闘争』を初め、虚実取り混ぜたヒトラー伝説を批判的に解体し、膨大な諸研究を整理して、史実に即したヒトラー像を提示してくれる。さらに戦後のヒトラー像の変遷とその問題も明らかにしている。時あたかもドイツの政権交代が行われ、この国でも菅政権が終焉を迎え、自民党総裁選挙の渦中で読んだこともあり、政治の難しさを考えざるを得なかった。価値観が多様化して格差と分断が進行している現代社会で、我々がどのように政治に対処すべきかを考えさせられた。

増田四郎『ヨーロッパ中世の社会史』(講談社学術文庫)ヨーロッパ中世史研究の泰斗が、ゲルマン民族の移動によるローマ帝国の崩壊以降の中世ヨーロッパ史を概観してくれる。ゲルマンの村落共同体の特質、中世都市の成立と商業の勃興、そして封建国家の成立まで、実に多くのことを学ばされた。特にローマ帝国崩壊以降、ヨーロッパでは「世界帝国」が成立しなかったという指摘、また支配層の歴史からではなく、民衆の生活実態(「ゲルマン民族態」)から社会史を読み解こうとする姿勢に学ばされた。

瀬木慎一『画狂人北斎』(河出文庫)『富嶽三十六景』や『北斎漫画』など数々の北斎の絵は観たことがあっても、その長い生涯(89歳で死去)のどの時点で描かれたのか、それが北斎の画業全体にどのような位置を占めるかなどを初めて知ることができた。謎の多い北斎の生涯を、様々な伝説を整理して解説してくれる。墨田区に出来た北斎美術館に行きたいと思いながら、コロナ禍もあってまだ果たせていないが、いつか行ってみたい。

佐藤優『13歳からのキリスト教』(青春新書)著者の佐藤優さんとは、彼がまだ外務省にいた頃、ある研究会で会っている。以来、彼の書いた主なものは目を通してきた。なにせ同志社神学部を卒業し、フロマートカを初め現代神学に精通していて、その神学的な観点?から現実政治や外交を縦横無尽に切り分けるのだから面白くないわけがない。私が理事をしているクリスチャン・アカデミーを献身的に支えてきた故シュペネマン先生の教え子でもあり、その関係から、今でもアカデミーのために、毎年無償で講演をしてくれている。つい先日もリモートでその講演を聞いたばかり。しかしなかなか癖のある人物で、断定的なその言説に躓く人も少なくない。しかし本書は、実に真面目で率直なキリスト教入門になっている。そこで分かりやすく述べられている聖書理解や信仰理解に、私自身はほとんど違和を覚えなかった。若い世代にお勧めの一冊ではある。(戒能信生)

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