2021年10月23日土曜日

 

牧師の日記から(340)「最近読んだ本の紹介」

中村哲・澤地久枝『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(岩波現代文庫)アフガニスタンから米軍が引き上げ、タリバンが再び実効支配するようになったというニュースを見ながら、この20年間のアフガンの民主化に向けての世界の努力は何であったかを改めて考えさせられる。それもあって、文庫化されたこの本を再読した。澤地さんが聞き手であるだけに、これまであまり知られていなかった中村哲さんの足跡に触れることが出来る。彼が『麦と兵隊』で知られる作家火野葦平の甥に当たるという事実も、この本で初めて知ったのだった。しかし何より、地方の勤務医であった中村さんが、JOCS(キリスト教海外医療協力会)から派遣されてパキスタンのハンセン病病院に赴任し、やがて単に医療奉仕にとどまらず、戦争で荒廃したアフガンの地を文字通り切り拓くために、水路を掘って灌漑事業に取りくむ活動が展開される。その間の中村さんの取り組みの軌跡が淡々と語られる。傑作なのは、ワーカーが火傷を負ったとき、周囲の者がその治療にあれこれ口を出すが、誰も中村さんに相談しない。「俺は医者だぞ!」と中村さんが言い出して、ようやく中村さんが医者であったことを思い出すというエピソード。アフガンの平和と社会の回復のためには、武力によるのではなく、なにより現地の人々と共に生きることであり、そのために中村哲さんの働きと死があったことを改めて教えられる。本書の表題は、その中村哲さんとその活動を支えたペシャワール会の基本的な姿勢を伝えている。そしてそれこそが世界の平和のために必要とされている。

阿部拓児『アケメネス朝ペルシア』(中公新書)バビロニア帝国を滅ぼし、捕囚の民を解放したクロス王によって創始された古代ペルシア帝国。紀元前6世紀からアレキサンダー大王によって滅ぼされるまで300年に渡って中東を支配したアケメネス朝ペルシアの歴史は、これまでヘロドトスを初めとするギリシア側の文献をもとに理解されてきた。それを、サイードの『オリエンタリズム』の提起を受け、考古学研究等を踏まえてペルシアの側からその歴史を再構成しようとする最近の研究動向が紹介されている。旧約聖書では、Ⅱイザヤやエズラ・ネヘミヤ記などにほんの片鱗が伺われるだけだが、改めて「史上初の世界帝国(副題)」を築いたペルシアの歴史を学ばされた。

水田洋『「知の商人」たちのヨーロッパ近代史』(講談社学術文庫)筑摩書房の『経済学全集』の月報の連載をもとに、グーテンベルク以降の印刷や出版に関わる人々の人となりと様々なエピソードが縦横に紹介される。書き手である作家や思想家ではなく、ヨーロッパ各地で出版社や書店を担った「知の商人」たちの存在に注目しているところが興味深い。「思想の社会的存在形態」を含めた社会思想史という着眼点に共感するが、その博覧強記ぶりには驚くばかり。(戒能信生)

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