2024年6月8日土曜日

 

牧師の日記から(472)「最近読んだ本の紹介」

山田京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)山田京二の著作の多くは目を通してきたはずだが、実質的にデビュー作に近いこの作品は読み逃していた。一つには、幕末期に来日した外国人たちが、当時の日本をどのように見たかの言説は既にいろいろ流布されており、しかもその多くが、欧米の先進社会から見た東洋趣味に覆われていると考えていたからだ。つまりエドワード・サイードの『オリエンタリズム』の指摘を学んでから、先進文明の観点から、遅れた文明に一種の理想郷を見出す類書を避けてきたのだ。ところが先日偶々の書店でこの文庫を求めて、読み出したらもう止まらない。あらゆる資料や文献を読み込んだ博覧強記ぶりに圧倒される。幕末期に来日した外交官、宣教師、御雇外国人たちの目に日本人と日本社会はどのように映ったのかが、ありとあらゆる観点から検証される。日本人に対する無理解や容赦のない批判も紹介されるが、圧倒的多数は東洋の果てに欧米文化とは全く異なる高度な文明が存在したことに驚いている。この点は、通例のオリエンタリズム批判の視点に立っても否定できないだろう。戦国時代の末に来日したイエズス会の神父たちの報告でも、喜望峰を越え、インド洋を横断し、ユーラシア大陸の東の果てに辿り着いた宣教師たちが、不快な臭いのしない清潔な社会を発見して驚いているのが印象的だった。自分の家の中の掃除だけではなく、だれに強制されるのでもなく人々が家の前の道路の清掃をしていることに宣教師たちは驚いている。同時代のパリで、二階から道路に汚物を放り捨てる際の掛け声があったというのだ。著者は、このような古き良き時代への知見を安易なナショナリズムに回収するのではなく、哀切を込めて記録に留めようとしているようだ。

佐藤卓己『言論統制』(中公新書)戦時下の言論統制については既に数多くの著作や研究がある。中でも、陸軍省情報部に所属した鈴木庫三少佐(後に中佐)の活躍は様々な資料に紹介されている。用紙の配給権を背景に、特に雑誌に対する検閲と介入で知られる。その矛先になった中央公論社や岩波書店、朝日新聞社等の社史に、鈴木少佐についての証言が多数残されているという。その張本人鈴木庫三の生涯を、貧しい農家での生い立ちから、苦学して砲兵工科学校を経て士官学校に進み、さらに日大や東大に派遣学生として学んだ軍隊教育の専門家としての特異な歩みが検証される。つまり一般に喧伝される無知蒙昧な軍人というイメージを払拭し、教育将校鈴木庫三の実像を提示する。その言論統制を批判しつつ、その権力に群がって阿諛追従した出版人たちの責任を問うている。戦後、軍や警察を悪者にして被害者面をした出版人たちの実態を痛烈に暴いているのだ。と同時に、戦前の社会で軍隊の果していた意味と役割について改めて学ばされた。ある意味で軍隊は機会均等で実力本位の世界だったことが具体的に示されている。(戒能信生)

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