牧師の日記から(567)「最近読んだ本の紹介」(戒能信生)
阿部正子編『訴歌』(皓星社)から、先週に引き続き、ハンセン病療養所の患者さんたちによって詠まれた短歌のいくつかを紹介する。
「骨埋めむ島とは覚悟定め来て涙落ちたりベッドの上に」
小川一男 1939
「病むわれをせめてわが家に死なせむと療園(えん)に入るを父母はこばみぬ」 大仏正人 1953
「十年前強制の如く送られこし十二人のうち我一人残る」
歌川澄夫 1956
「警官にバスを拒否され海沿いのこの道歩みし三十五年前の君」
内海俊夫 1978
「癩を病む我を見給ふ父の目は死ねよと如し生みの子我に」
瀬戸愛子 1953
「吾の癩告げられし日に死んで呉れといひたりし父の涙も悲し」
館 寿樹 1973
「癩全治一号となりたる人は未だ島に住むこの海越へて帰る日はいつ」 二宮重子 1952
「足を病む我を背負ひて寒き日に医局に通ひし遠き日の夫」
北内市子 1988
「手の自由奪われし妻のボタンはめ髪を梳くのも慣れしこの頃」
島立 神 1956
「自らの神経痛に苦しみつつ夫はわが手をさすりてくるる」
岩本妙子 1965
「二枚づつ塵紙をたたみ小箱におく目しいの夫の取り安きように」
石井加代子 1965
「腰痛に起ち居苦しめばわが立つによいしょと傍(そば)に妻が声掛く」 井上真佐夫 1985
「戦後九年園の民主化なるといへども守衛の壁に手錠掛けてある」
横山石鳥 1955
「親子連れ逃走せしは孤児院へ子を送らるる前の夜なりし」
木村美村 1935
「記念(かたみ)とて友の遺せしバイブルの金文字の光りわれは偲ぶも」 向井花一郎 1930
「社会復帰をよろこぶ君のかたはらに病重き君の妻ぎみうつむきて居り」 深川 徹 1964
「ためらはず癩病む吾らの身のまはり整えくれる若き看護婦」
田川健一 1956
「病みゐるをうべないつつも移されし重病棟にきて涙落つ」
北村愛子 1960
「すでに目の見えぬ友等と聖歌うたふ光にこだはる思ひ癒へゆく」
飯川春乃 1996
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