2026年9月26日土曜日

 

『ヒンド・ラジャブの声』

柴田朋子

映画『ヒンド・ラジャブの声』を観ました。「ヒンド・ラジャブ」は2024年1月、ガザ地区で殺害された6歳の少女の名前です。ヒンドさんが乗っていた車はイスラエル軍の攻撃に遭い、同乗していた大人たちはみんな死んでしまいます。一人生き残ったヒンドさんが人道支援組織「赤新月社」に助けを求める通話の録音が、映画の核です。他の登場人物は俳優が演じていますが、ヒンドさんの声だけは実際の録音です。舞台は赤新月社のオフィス、電話を受けたスタッフたちは代わる代わるヒンドさんを励ましながら、イスラエル軍の許可を得て救急車を向かわせようと調整を続けます。

最初の通報から何時間も経ち、ようやく二人の救急隊員を乗せた救急車が出動します。助けが近づいていることをヒンドさんに知らせて励ましつつ、救急隊員とも電話を繋ぎ、現地に誘導します。ようやく彼女を救い出すことができるという喜びに溢れた場面です。

ですが観客である私はこの物語の結末を知っています。許可を受けたはずの救急車は現地に着く直前に爆撃され、救急隊員も殺害されます。ヒンドさんが乗った車もさらに銃撃を受け、とうとうヒンドさんも命を落とします。フィクション映画なら、主人公の小さな女の子がなす術もなく殺されるなどということはあり得ないでしょう。でも現実を描いたこの映画では、それが起こる。少女の命のために何人もの大人が必死で繋いだ希望を、電話越しにカタカタと聞こえる銃声が粉々に砕くのです。

調整の最中、救急車出動の許可がなかなか出ないことに苛立った赤新月社のスタッフは、SNSでヒンドさんの通話音声と事情を流し、世界中に訴えます。私も当時、それを見ていました。私には何もできないけれど、現場近くにいる力ある人がきっと動くはず、世界中が見ているのだから見殺しになどできないはずだと信じていました。ですが実際には誰もが無力で、ヒンドさんを助けることはできませんでした。映画を観た後、改めて無力感に打ちのめされたのでした。

その後、監督のインタビュー*を読んで「無力感から生まれる怒りは、何かをするための非常に大きな原動力になる」という言葉に励まされました。「あなたたちが経験していることを、私たちは理解している」という連帯が、チャリティーよりも必要なのだと。知ることしかできないのだとしても、それがいつか大きな力になることを信じるしかありません。目にしたことを語り継ぎ、世界に正義と尊厳を取り戻すための祈りと行動を探し続けたいと思うのです。

* https://www.cinra.net/article/202609-hindrajabjp_imgwyk

 

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