2019年6月2日日曜日


2019年6月9日 午前10時30分

復活節第1主日合同礼拝(No10

      司式 橋本  茂  

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-49

讃 美 歌  13

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編51・1~21(着席のまま)

子どもの祝福         戒能 信生牧師

讃 美 歌  342

聖書朗読  創世記11・1-

      使徒言行録2・1-13

祈  祷

讃 美 歌  543

説  教  「聖霊の風に吹かれて」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  343

使徒信条  (9341A

聖 餐 式      配餐・野口倢司、常盤陽子

讃 美 歌  81

献  金             橋本悠久子

報  告

頌  栄  92

派遣・祝福

後  奏         



【本日の集会】

・教会学校 10:00ミモザの家にお花を持って 行く、その後、合同礼拝に合流

・礼拝後、お茶の会

・聖書を読む会(創世記4145-47 発題・梅本順子)

2019年6月1日土曜日


牧師の日記から(216

526日(日)主日礼拝。ヨシュア記2章の講解説教「ラハブの赤い紐」。ヨシュアが派遣した斥候はエリコの遊女ラハブと接触する。彼女はこの都市国家の蔑まれた下層民を代表している。城壁に囲まれ武装した傭兵を備えるこの町の最大の弱点は、少数の支配者が圧倒的多数の農奴を使役していることにあった。ラハブは斥候を匿い、自分たちの助命を求める。その徴が赤い紐だった。マタイ福音書のイエス・キリストの系図にこのラハブの名前が織り込まれているのは偶然ではないだろう。礼拝後、お茶の会、週報等発送作業、らふぁえる練習と続く。

27日(月)夜は日本聖書神学校の授業で、植村正久を取り上げる。図書館で関口安義著『評伝矢内原忠雄』を借り出す。なにせ700頁近く、8000円を超えるので、さすがに買えないのだ。ざっと目を通したところ、著者は芥川龍之介研究が専門のキリスト者で、芥川と一高・東大で同級だった矢内原を取り上げたのだという。さすがに周辺にまで目配りをした力作で、何より読みやすい。

28日(火)富士見町教会での東京教区総会に出席。総会記録審査委員会に千代田教会の総会記録を提出。昼休みに、橋本茂さんと一緒に神楽坂のレストランで昼食をご馳走になる。私がお世話になった先生方の話などをして楽しい一刻だった。午後の議事を忍耐しながら聞き、4時過ぎに総会記録を返却してもらって帰宅。少し脚が痛くなったのでタクシーを利用する。帰宅後、来週の長老会のアジェンダ案を作成して、長老の皆さんにメールで送付。

29日(水)午前中、聖書を学ぶ会でサムエル記下18-19章を取り上げる。アブサロムの反乱をダビデはなんとか鎮圧するが、ユダ族と他のイスラエル諸部族との間に深刻な亀裂が生じる。後に北王国イスラエルと南王国ユダの分裂の伏線とも言える。午後、友人の横野朝彦牧師が訪ねてくれる。昨年、番町教会を隠退して岡山に住んでいるのだが、所用のため上京した由。隠退後の生活もなかなか忙しいようで、この春から高槻日吉台教会の代務者になるとのこと。新教出版社から『協力と抵抗の内面史 戦時下を生きたキリスト者たちの研究』が届く。ここ4年ほど富坂キリスト教センターで続けて来た内面史研究会の成果。私は、大連西広場教会の月報『霊光』を元に白井慶吉牧師の戦時下の説教を取り上げた。10冊ほど余分があるので、希望者に読んでいただくことにする。いのちのことば社が来て、頼んでいた海老名弾正関係の新刊を届けてくれる。海老名研究者の關岡先生の資料集が大変有用だ。先週訪ねてくれた浦安教会の大野朝男さんから『台北済南長老教会歴史與信徒』が送られてくる。これまた600頁近い大著で、全文中文ではあるが、戦前の台北幸町教会時代の写真もたくさん掲載されている。

30日(木)午前中、四ッ谷駅近くの眼科で緑内障の定期検診。結局経過観察ということになる。内面史研究の本を10冊ほど、何人かの先輩や友人に恵贈する。7月のNCC70周年記念集会のために「戦時下の礼拝」を再現するプログラムを作成する。讃美歌は当時の時局讃美歌から選び、国民儀礼も組み込む。(戒能信生)

2019年5月26日日曜日


2019年6月2日 午前10時30分

復活節第7主日礼拝(No9

      司式 高岸 泰子  

    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-44

讃 美 歌  10

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編50・1~23(着席のまま)

讃 美 歌  495

聖書朗読  エゼキエル書3・8-9

      使徒言行録1・12-26

祈  祷

讃 美 歌  287

説  教  「破れからの出発」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  394



使徒信条  (9341A

献  金  対外献金「千葉支区京葉中部教会会

 堂建築を覚えて」   石井 房恵

報  告

頌  栄  23

派遣・祝福

後  奏         



【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・内山央絵

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2019年5月25日土曜日


牧師の日記から(215

519日(日)主日礼拝。Ⅲヨハネ書簡515節の講解説教「余所から来た人たちに」。田川健三さんの『訳と註』を参考に、第Ⅱ書簡と第Ⅲ書簡の緊張関係を取り上げる。第Ⅱ書簡で「家に入れるな、挨拶もするな」と排斥されている巡回伝道者たちを、第Ⅲ書簡で賞賛されているガイオという教会員が迎え入れ歓迎したとする大胆な解釈。つまり第Ⅱ書簡を第Ⅲ書簡が批判しているということになる。「余所から来た人たち」を受け入れよという第Ⅲ書簡のメッセージは、今日の難民問題や外国人排斥の風潮に対する現代的な使信でもある。礼拝後、オリーブの会で荒井眞さんが、「主の祈り」の様々な讃美歌を紹介してくれた。グレゴリオ聖歌から始まり、イギリス聖公会や現代アメリカの合唱曲、そしてロシア正教会の讃歌を聴く。なかなか得がたい経験だった。午後から小石川白山教会で北支区の准允式があったが、体調が整わず出席できなかった。

20日(月)午前中、電車で東駒形教会での月曜会に出席。大貫隆さんの『終末論の系譜』Ⅴ-Ⅵ章を酒井薫牧師の紹介と発題で取り上げる。大貫さんのこの大著は、評価はともかく丁寧に読んでいく必要がある。帰宅して少し休んで、夜は目白の聖書神学校の授業。往復はタクシーを利用する。受講生たちの海老名弾正についてのリーディング・レポートはいずれも優れたものだった。

21日(火)午前中、神学読書会でシュライエルマハーの『宗教について』の第Ⅰ講を、豊島岡教会の濱田美也子牧師の紹介で取り上げる。実は、この本は今何かと話題になっている深井智朗さんの翻訳。深井さんの事件の真相は私には分らないが、バッシングが過ぎるように感じている。特にその内容に問題がないとされた他の著作まで絶版とか出荷停止という扱いは行き過ぎだと思う。その旨を深井さんにメールして、神学読書会に出席しないかと誘ってみた。今回は出席できないが「深く感謝します」という返事が届いた。午後、雨の中を姉と妹たちが訪ねてくれる。浦安教会の小林順子さんと大野朝男さんも一緒。私の見舞いという意味もあるが、家族と親しく語り合う喜びに感謝する。

22日(水)この日の聖書を学ぶ会はお休み。終日書斎で『時の徴』の校正作業。6月初めにさがみ愛育会創立70年の記念講演を頼まれているので、その準備に手をつける。6月中に4回も講演を引き受けているので、体調がもつか案じている。

23日(木)昼前にNCAの事務所に顔を出し、プログラム印刷などの作業。午後はキリスト教会館管理組合の決算総会に出席。午後3時から運営委員会。新しい企画や来年度の計画の相談。夕方タクシーで帰宅。夜は、NCA運営委員会の記録を作成し、関係各所にメールで送る。このところ足の痛みは薬で抑えられている。

24日(金)6月の教会カレンダー作り。ヨハネ書簡の講解説教が終った後、どの聖書箇所を取り上げるかで悩む。ちょうどペンテコステなので、思い切って「使徒言行録ところどころ」を取り上げることとする。夜は、支区宣教研究委員会でエパタ教会へ。思い切って自転車で行ってみた。(戒能信生)

2019年5月19日日曜日


2019年5月26日 午前10時30分

復活節第6主日礼拝(No8

      司式 鈴木志津恵  

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-44

讃 美 歌  10

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編49・1~21(着席のまま)

讃 美 歌  537

聖書朗読  ヨシュア記1・1-9

祈  祷

讃 美 歌  470

説  教  「強く、雄々しくあれ」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  536



使徒信条  (9341A

献  金             石井 房恵

報  告

頌  栄  23

派遣・祝福

後  奏         



【本日の集会】

・教会学校 お話し・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

CS教師会

・週報発送作業(ご協力ください)

・らふぁえる練習

2019年5月18日土曜日


牧師の日記から(214)「最近読んだ本紹介」

大貫隆『終末論の系譜』(筑摩書房)新約聖書学者の大貫隆さんの、これまでの研究の集大成とも言うべき500頁を越える大著。初期ユダヤ教からグノーシスまで、つまり紀元前2世紀頃から、紀元2世紀終盤頃までの終末論の変遷を整理してまとめてくれている。従来の聖書学では、旧約聖書の終末思想、あるいは新約聖書の黙示文学的背景として、それらは別個に取り上げられてきたが、この書物では旧約から新約を貫く終末思想の展開と変遷が、外典も含めて大胆に整理される。その一つ一つの細かな論述の背景に、著者の膨大な研究蓄積が込められていることに気づかされる。一回通読しただけではとても理解し切れない。今後は巻末のインデックスを頼りに、繰り返しこの書を繙くことになるのだろう。ただ、しきりに引用されるベンヤミンやアガンベンの聖書解釈についての議論は、前著の『イエスの時』でもそうであったが、どうしてもついて行けない。この本の中でも著者はこう言う。「『イエスという経験』を繙き始めたものの、読むに耐えなくなって、途中で放り出してしまった読者もいる。それは他でもない私が長く敬愛してきた牧師であり、それまで内外の批判的なイエス研究を数多く読みこなしてきた人物である」と。まさにそれは私自身のことを指しているようだ。そして著者は続けてこう書く。「これらの反応が一致して示しているのは、抜きがたい近代主義である。・・・そのような近代主義からは一体どのようなイエス像が描き出されただろうか」と。この痛烈な批判にどう応えるべきか課題を与えられた。

村木嵐『夏の坂道』(潮出版社)硬骨の政治学者南原繁の生涯を小説化したもの。よく調べてあるのだが、どこか通俗小説を読んでいるような印象を受ける。三谷隆信と南原の交友を軸に書かれているのだが、矢内原忠雄と三谷との親交については全く触れられていない。そもそも南原が初めて内村鑑三を訪ねたところに一高生の矢内原が顔を出すなどという史実はあり得ない。何より会話がすべて現代語風に書かれているので、何とも間が抜けてしまう感がある。南原繁を小説化しようとする勇気は多とするが、どうも期待外れの一冊だった。

鈴木範久『文語訳聖書を読む 名句と用例』(ちくま学芸文庫)本書の前半は日本語訳聖書の歴史の素描で、簡にして要を得ていてとても役に立つ。特に「主の祈り」が各翻訳でどのように訳されているかの実例が挙げられており、それを比較するだけで、それぞれの翻訳の特徴を理解することが出来る。しかし何と言ってもこの書物の読みどころは、内村鑑三から始まって太宰治に至るまで、この国の文学者や宗教者の著作に聖書がどのように引用されているかを紹介する第3章。また第4章では、それこそ明治以来の思想家、文学者、政治家たちに文語訳の旧新約聖書がどの引用され理解されているかを網羅的に紹介している。こんな調査は、長い時間をかけて、カードを作成しながら忍耐をもって継続しなければ出来ない力業で、鈴木範久先生ならではの仕事と感服させられた。(戒能信生)

2019年5月13日月曜日


2019年5月19日 午前10時30分

復活節第5主日礼拝(No7

      司式 野口 倢司  

    奏  黙 想        奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-44

讃 美 歌  10

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  詩編48・1~15(着席のまま)

讃 美 歌  206

聖書朗読  申命記7・6-

Ⅲヨハネ書簡5-8

祈  祷

讃 美 歌  333

説  教  「よそから来た人たちを」

               戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  569



使徒信条  (9341A

献  金             萩原 好子

報  告

頌  栄  23

派遣・祝福

後  奏         



【本日の集会】

・教会学校 お話し・齊藤織恵、奏楽・戒能直子

・礼拝後、オリーブの会「主の祈り」お話し・荒井眞