2024年10月12日土曜日

 

牧師の日記から(490)「最近読んだ本の紹介」

畑中章宏『宮本常一 忘れられた日本人』(NHK出版)時折、Eテレの「100分で名著」を視聴している。読み逃していた名著を、判りやすく紹介・解説してくれてとても便利なのだ。在野の民俗学者・宮本常一のことは、柳田国男や渋沢敬三との関わりで断片的に知っていたが、『忘れられた日本人』は未読だった。この解説書によって、宮本常一の生涯と、特に西日本の離島や過疎地を訪ね歩き、古老たちから直接聞き書きしたそのフィールドワークに関心をもった。例えば、明治維新を民衆がどのように受け止めたか、その前後で生活がどのように変ったかという点を繰り返し聞いている。明治維新については、それこそ小説や映画、テレビ・ドラマでも散々取り上げられて来たが、そこに民衆の暮らしの視点は決定的に欠落していた。まさに「名もなき人々の『小さな歴史』から日本を見る」視点ということになる。

木村哲也『「忘れられた日本人」の舞台を旅する』(河出文庫)若き研究者が、『忘れられた日本人』で宮本常一が取り上げた地域を、1990年代に寝袋を担いだ貧乏旅行で片端から訪ね、かつて宮本が聞き書きをした古老の親族や孫たちを探し当て、その後の地域や人々の暮らしの変化を聴き取ろうとしている。宮本常一自身の出身地である山口県の周防大島や、私自身の育った瀬戸内海や四国各地の人々の証言が、現地の言葉そのままで紹介されていて、柔らかく響いてくる。

宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)ここまで来たらやはり『忘れられた日本人』そのもの読みたくなった。前二著によって概略は知っている証言やエピソードを、宮本自身の文章で再読する感じ。なにより各地の個性ある古老たちの証言が、宮本の巧みな聞き書きによって方言もそのまま再現されているのだ。その語り口が魅力的で興味深い。いわゆる「世間師」たちの話しや、寄り合いにおける時間をかけた合意形成、さらに「土佐源氏」のエロ話に至るまで、興味津々で読まされた。振り返ってみると、私自身も様々な形で教会員の聞き書きを続けて来た。最初に赴任した下町の深川教会では、文章を書くのが苦手な教会員のために、ご自宅を訪ねて半日がかりでその人の生涯の歩みを聴き取り、聞き書きのスタイルで会報『つながり』に連載した。この手法は次の東駒形教会でも踏襲され、月報『旅びと』に教会員たちの「歩んで来た道」を掲載している。千代田教会でも、『羊の群』に岡﨑大祐さんや竹森靜子さんの聞き書きを紹介している。作家の最相葉月さんが各地のキリスト者から聞き書きした大著『証言』が話題になっているが、それと共通する手法と言える。つまり信徒たちの生涯の歩みにもっと注目すべきではないだろうか。(戒能信生)

2024年10月6日日曜日

 

2024年10月13日 午前10時30分

聖霊降臨節第22主日礼拝(No24

             司式 高岸 泰子

前  奏  黙想      奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-

讃 美 歌  11

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  132・1-18

讃 美 歌  354

聖書朗読  申命記8・2-5

     ガラテヤ書2・11-14

祈  祷

讃 美 歌  397

説  教 「アンテオケでの衝突」

              戒能 信生牧師

讃 美 歌  440

使徒信条  (9341A

献  金              萩原好子

報  告  

頌  栄  42-1(二度繰り返して)

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・戒能直子

・礼拝後「私の愛唱聖句」荒井久美子

・ミニ・バザー準備(値付け作業など)

・礼拝堂の後ろに飲み物が用意されています。水分補給にご利用ください。

2024年10月5日土曜日

 

 牧師の日記から(489

929日(日)主日礼拝は、ゼファニヤ書314-30の講解説教「追いやられた者の回復」。この預言書を初めて説教で取り上げる。ゼファニヤ書の終末思想の特質について私なりの理解を提示した。すなわちユダの国の罪と堕落を厳しく糾弾して神の審判を告知しながら、同時に将来(終末=来たるべき日)への希望と夢を語り続ける。現在の私たちも、惨憺たる世界の現実を見据えながら、しかしなおこの世界の未来に向けて希望と理想を忘れてはならない。上林順一郎牧師が礼拝に主席されたが、すぐに入門の会を始めたため、ご挨拶できなかった。入門の会では「主の祈り」の最終回で「アーメン」を取り上げた。これは関田寛雄先生の示唆。「『主の祈り』は第7祈願で終るのでもなく、頌栄で終るのでもなく、最後の『アーメン』で完成する」という。ここには、関田先生の師にあたる橋本鑑の唱名「インマヌエル・アーメン」の響きが見られる。この日は、私の喜寿の祝いで子どもたちが集まって一緒に食事をした。と言っても、私が久しぶりに中華料理を作って振る舞う。羊子がプレゼントに和田誠の本を贈ってくれた。

30日(月)午前中、『時の徴』171号のヤマトゆうメールの事前審査の手続き。昼前から、学生時代の仲間が集まる。いずれも80歳前後で、久しぶりの再会だが、50年の時の経過を忘れて話し込む。11時から4時まで、時間を忘れて話の尽きることがない。

101日(火)午前中、四谷三丁目の眼科で検診。午後から、『時の徴』の編集委員会。171号を定期購読者約450通、購読依頼の寄贈220通の発送作業。1977年が創刊なので半世紀近く続いていたことになる。こんなに長く続いた同人誌は珍しいが、編集同人も購読者も高齢化し、第一次『時の徴』の終刊を考えなければならないと話し合う。

102日(水)午前中、郵便局で郵送料値上げのための30円切手を購入しようとすると、在庫がありませんとの返事。郵政省の最近の対応に腹立ちを覚える。東支区との連合祈祷会の件で、三崎町教会の箕口牧師に連絡をとる。なんとこれまで何度も送ったメールが届いていなかったことが判明。いろいろ調べたが原因は分らない。電子機器は便利だが、時としてこういうことがあるので困る。午後、高岸徹さんを入院されている本郷の慈愛病院に泰子さんとともに見舞う。この日は目を開けてこちらを見ているが、私だと判った様子はない。今日の聖句(イザヤ書4910)を読んで短く祈る。

4日(金)夜は早稲田教会で行なわれた支区連合祈祷会に出席。堀口廣司さんの立証、柳澤宗光牧師が病院からリモートで奨励。堀口さんから義父上の徳久俊彦さんが亡くなったと伺い驚く。(戒能信生)

2024年9月29日日曜日

 2024年10月6日 午前10時30分

聖霊降臨節第21主日礼拝(No23

             司式 大森 意索

前  奏  黙想      奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-

讃 美 歌  11

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  131・1-

讃 美 歌  105

聖書朗読  ヨブ記42・1-

      ガラテヤ書2・1-10

祈  祷

讃 美 歌  419

説  教 「異邦人に向けて」

              戒能 信生牧師

讃 美 歌  453

使徒信条  (9341A

聖 餐 式  配餐・石井寛治、釜坂由理子

讃 美 歌  81

献  金  対外献金「関東教区長岡教会の雪害対策のために」    野口倢司

報  告  

頌  栄  42-

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校 お話し・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、定例長老会

・礼拝堂の後ろに飲み物が用意されています。水分補給にご利用ください。

2024年9月28日土曜日

 

牧師の日記から(488

922日(日)この日の主日礼拝は、北支区交換講壇で隣の四谷新生教会の滝澤貢牧師が説教を担当してくれた。礼拝後、滝澤牧師を囲んで、軽食を共にしながら懇談の時をもつ。私は四谷新生教会で講壇奉仕。礼拝後のティーアワーで、久しぶりに教会員の井口延さんにお会いする。YMCA同盟の総主事をされていた当時、お世話になった。この教会には幼稚園が併設され、地域に根ざした働きを続けている。

23日(月)休日で一日のんびりする。午後、友人の上垣勝牧師が訪ねて来て、いろいろ四方山話をする。来週、学生時代の仲間が久しぶりに集まるので、その準備も。8名くらい参加するようだ。

24日(火)故・堀光男先生の追悼集を編纂するために、残されたPCデータを調べる。いくつかの自伝的な文章と、東洋大学での最終講義や講演などを収録する目次案を作成する。併せて著作リストを作成する。キリスト教神学と哲学にまたがる大きな仕事をされていたことが読み取れる。ご自身でまとめられ私家版の著作集から、執筆時代順に各論文を並べ替えると、先生の問題意識の変遷が窺える。

5日(水)午前中、日本聖書神学校の学生東出英幸さんの卒論指導。戦時下の教団の実態を、政府の圧力を内発的に受け入れていった側面から捉えようとする意欲作。『時の徴』171号の発送が来週に入ったので、その準備。購読者リストをチェックし、購読料の入金を確認し、住所変更などもする。現在約450人の定期購読者がいるが、どこまで続けられるか思案中。同人も購読者も高齢化しており、財政的にどこまで継続できるかが問題なのだ。

26日(木)午前中、津金寿子さんと一緒に、赤坂の長野国助法律事務所を訪ねて法律相談。将来の相続を考えて遺言書を作成して法務局に預ける方法を取ることになる。故・松野ヤスコさんの成人後見人を担って下さった松居智子弁護士が担当してくれる。午後、教団の宣教研究所に行って、東北教区の総会資料を読み込む。10月の終りに、日本聖書神学校の同窓会東北支部一泊研修会で講演を依頼されているのだ。その後、NCAの運営委員会に出席。夜は、東北教区の各個教会地区別創立リストを作成する。地味な作業だが、これによってその教区の歴史や特質が浮かび上がるのだ。さらに戦時下の福島・山形・宮城各県下の各個教会のデータをPCから取り出して分析する。

28日(土)午前中、聖書と人間を考える会。石井摩耶子さんが賀川豊彦と松沢資料館の働きについて報告してくれた。その後、堀光男先生の追悼集の出版計画について相談する。午後は、週報や10月予定表の印刷、翌日の説教準備と、入門の会の準備。(戒能信生)

 

2024年9月29日 午前10時30分

聖霊降臨節第20主日礼拝(No22

             司式 野口 倢司

前  奏  黙想      奏楽 向山 康子

招  詞  93-1-

讃 美 歌  4

主の祈り  (93-5A) 

交読詩編  130・1-

讃 美 歌  394

聖書朗読  ゼファニア書3・14-20

祈  祷

讃 美 歌  570

説  教 「追いやられた者の回復」

              戒能 信生牧師

讃 美 歌  577

使徒信条  (9341A

献  金              野口洋子

報  告  

頌  栄  29

派遣・祝福

後  奏 

 

【本日の集会】

教会学校(休校)

・礼拝後、入門の会「主の祈り⑩」戒能牧師

・週報等発送作業 時間のある方はお手伝いください。

・礼拝堂の後ろに飲み物が用意されています。水分補給にご利用ください。

2024年9月21日土曜日

 

牧師の日記から(487)「最近読んだ本の紹介」

黑羽清隆『日中15年戦争』(ちくま学芸文庫)第二次世界大戦のことを、最近は「アジア・太平洋戦争」と呼ぶようになった。真珠湾攻撃から始まるアメリカを相手にした戦争だけでなく、それに先立つ1931年からのあしかけ15年におよぶ日中戦争を忘れてはならないという指摘がそこにある。同じ考えから「15年戦争」と呼ぶ人もいる(鶴見俊輔)。その日中戦争の全体像を、実に様々な観点から描いたのが本書。もとは3巻本だったのが、800頁近い文庫本一冊に収められた。だから字が小さいので読むのに往生したが、何とか読了した。当時の新聞報道、政治家や軍人たちの日記や手記から始まって、天皇の側近たちの証言、招集された兵士たちの短歌などが縦横に引用されているのだ。それだけではない。敵対する側の蒋介石を中心とした国民党政府の側の錯綜した事情、さらに延安の毛沢東を初めとする共産軍(八路軍)の実情が、実に適切にはめ込まれる。私は本書で、毛沢東の大長征の実際を知ることができたし、近衛内閣の「国民政府を対手とせず」声明の経緯や背景を詳しく知ることができた。重慶の国民党政府に対抗して日本政府が梃子入れした汪兆銘南京政府の実態、最前線の兵士たちの食糧事情や健康状態、三光作戦による中国民衆のすさまじい被害の実態、他方で内地の銃後の人々の暮らし、さらにはゾルゲ事件に連座して処刑された尾崎秀実の中国観に至るまで、日中戦争に関わるありとあらゆる出来事を、複眼的重層的な視点で描き出しす。ずっしりと重い読後感だが、久しぶりに充実した時間だった。

太平洋戦争研究会編『写真が語る満州国』(ちくま新書)日露戦争における遼東半島への進出から、関東軍の登場、張作霖爆殺事件、満州事変から日支事変、その間の満州各地のインフラ整備や都市建設、開拓移民の生活、そして敗戦と破局までの歴史を、豊富な写真資料で紹介してくれる新書。大連西広場教会の写真もあるかと調べたが、それはなかった。しかし満州史を写真のイメージで辿ることが出来る。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)前著『バッタを倒しにアフリカへ』の続編。日本の若き昆虫学者が、数年おきに大発生してアフリカや中近東に大災害をもたらすサバクトビバッタの生態を研究するために、モーリタニアに出かけていく。その後、さらにフランスやアメリカ、モロッコで研究を続けた成果(バッタの集団繁殖の研究)を分りやすく、そして楽しく紹介してくれる。同時に、日本における昆虫学研究の実情、研究職ポストの圧倒的少なさと、それを得るための苦労などがユーモアを交えて描かれる。ポス・ドクの苦労は、理系文系を問わず共通するようだ。(戒能信生)